AQUA
あなたには抑えられない欲はありますか? 食欲・睡眠欲・性欲、それに物欲。 あなたの、他人が所持するモノや能力で特に魅了されるものはなんですか?。
ショートショートにしては長い物語もあるかもしれませんが、あしからず!
-1- 「才能が欲しい」 目の前に座る男は言った。 店内を満たすのはコーヒーの良い香りと、ラジオから流れる一昔流行ったバラード調のインストメンタルミュージック。 テーブルは四卓のみでいずれも二人席。カウンターがあり、内側にははっきりと顔が見えない店主がいるだけで付属する椅子は無い。 足元の照明と、テーブル上のロウソクが効いてて席に座ることは出来たが、昼間だというのに狭い店内の端から端までの距離感が掴めないぐらいの薄暗さ。 俺達は今喫茶店に居て、完成する飲み物を待
-10- 1年後 「先生!」 ホテルの廊下。南側に大きな窓が並び、冬の寒さなど気にしないかのような光があふれる空間で、こちらに声をかけるのは、デビュー時からお世話になっている出版社担当編集者の太田さん。 「こちらに・・・、いらしたん・・・、ですね。・・・探しましたよ」 「そうなんですね。トイレに行っていたら迷っちゃって。お手数をおかけして申し訳ない」 「いえいえ。・・・良いのですよ」 そう言う太田さんは、暖房が効いた部屋から急いで来たのか、手
今日もご主人は上機嫌ニャ。 「ねぇ。告白の練習ってしたことある?」 今日も帰ってくるなり、隣の家に住む修司とテスト勉強すると言って部屋を片付けていたし。昨日もやったニャ? 「何だよ?休憩だって言うから漫画読んでたのに」 修司はそんなことを言って、ご主人に見えないように漫画本で顔を隠しているニャ。顔が赤いニャ。 僕は知ってるニャ。二人は好き同士だけど、幼馴染みという枠から出られずにいるのニャ。伊達にご主人の飼い猫として、五年も過ごしてない
-8- 「私は長い間、先生のおそばに居させてもらえた」 「そうだな。俺が家に帰るより、実家に居たんじゃないのかな」 「初めてあなたの小説を見たときも同じだった」 向かい側にある砂時計の砂がようやく落ち終わり、千笠はティーポットの中身をマグカップに注ぎ、香りの良いコーヒーで口を湿らせた。 「才能は遺伝するのかと思ったさ。先生の息子とは公表しなくて、私よりもデビューは遅かったにもかかわらず、すぐさまいろんなところで賞を取って、今では発行部数が私よりも多い。私が書いた
-7- 「千笠。君は才能を持っているじゃないか」 「私には・・・。先生やあなたのような才能はないんだ」 千笠の言う才能とは、文才のことだろうと察しがついた。ついたけど、俺が言った才能を持っているというのは本当だ。 実際、親父に弟子入りしてから学生のうちに小説家としてデビューしている。 「君は、ネタの強さが良いんじゃないか。ミステリーや歴史、なんでも書ける」 性格がそうさせるのか、一度書き始めたら情報収集に余念がなく最後まで書き終えてクオリティ
-5- 店内に入ると薄暗い。 「いらっしゃいませ。お好きなテーブルをご利用くださいませ」 と、穏やかな口調でカウンター内にいる白髪の多い高齢男性がこちらに声をかけてきた。この人物に抱くイメージは、雰囲気の良いバーのバーテンダー、もしくは執事。 「それでは。奥のテーブルを」 千笠が店内の奥に進んで行く。俺はゆっくりと扉を閉めると、急に日が暮れたように店内の薄暗さとコーヒーの香りが色を深めて、空気が重く感じた。 ほかに客はいない。
-4- 当日。 指定された駅へ指定された時間の5分前に到着すると、千笠はすでに改札の外で佇んでいた。 身長が高く、顎もシュッとしてて顔も端正。少し長めの黒髪を後ろで括っている。顔見知りではなくても目を向けたくなるような存在感だ。季節はもう少しで春だっていうのに気温が上がらず、外出する際はコートが欲しいところなのだが、千笠は黒いセーターにジーンズの装い。コートとマフラーで身を包んでる俺ですら寒いと思うのに、目立ちたがり屋め。 「よぉ。寒そうだな」