小さな花物語【創作】
寒い地方の山に囲まれた盆地に小さな村がある。
冬には雪が降り積もる豪雪地帯。
そして、夏はとても暑い所。
そんな村の一画に、年老いた父親と働き者の若い息子正吉(しょうきち)が住んでいた。
正吉は、冬には自分の家や近所の家の屋根の雪下ろしや雪掻きを…
春には花を植えたり畑や田んぼの手入れをしたり
田植えの時期には近所の田植えも手伝ったりと、とてもよく働く若者だった。
そんな長閑な村は月日を重ねるごとに、他の家の若者は嫁探しと仕事を求めて次々と村を出て行き、何時しか村の若い男は正吉一人だけになった。
そんな息子を見ていた正吉の父親が、ある日息子に呟いた。
『お前も本当は村を出ていきたいだろう…
父ちゃんのことは心配せんで、お前も嫁探しに村を出てもいいんだぞ。
お前だって何時までも独り身じゃ寂しいだろう。
畑も田んぼもそれほど大きいもんじゃないでな。
父ちゃん独りでもなんとかなるさ。
だから心配せんでえぇ…』
父は、そう言って寂しさを見せないよう笑顔で正吉を見た。
『父ちゃんこそ心配せんでえぇから。嫁さん欲しくなったら、その時探しにいくから。それに俺が居なくなったら周りの雪掻きを誰がやるんだよ…冬支度の薪割りだって楽じゃないんだから、まだ村を出る気はないよ…俺、この場所が好きだし…』
正吉はそう言って父と一瞬だけ視線を合わせた。
父親は自分が居るから息子が村を出られないのでは…
そんなことを思い複雑な心境だった。
正吉も、本音は彼女が欲しいし大きな街への憧れもあった。
しかし、年老いた父親を独りにするのは忍びなかった。
やがて、二月が過ぎ三月になり四月に入る頃になると、降り積もった雪は日陰に残る程度まで少なくなっていた。
春の花は咲き乱れ、村の田んぼや畑は花に彩られていった。
そんなとき、若者は日陰に残る雪を除雪していたとき近くにあった白い小さな花を咲かせている木を傷付け折ってしまった。
雪のように白く小さな花だったので、花に気付かないまま雪と一緒に欠いてしまったのだ。
『あらら~…傷付けちゃってごめんなぁ…。
いま陽当たりの良いところに移してやっからな』
正吉は折れて落ちた数珠繋ぎに花を付けた枝を拾い上げ、井戸の水を汲み上げ小さなバケツに入れて、そこに花を付けたまま折れた枝を水に浸けた。
そして、その花の大きな本体を根っこから掘り起こし、陽当たりの良いところに移して植えなおした。
正吉は、折れた小さな花の付いた枝をバケツから取り出し、自分の部屋に持っていきコップに水を入れ、折れた枝をその中へ差し入れ陽当たりの良い窓辺に置いた。
折れた枝の小さな花は日に日に元気になり、働き者の若い男を窓からいつも眺めていた。
父親想いの優しい息子に、花は想いを寄せるようになり、彼に想いを伝えるために花を沢山付け、彼の目を楽しませようと窓から入る春風に身を委ね、ゆらゆら揺れてしなやかに風に舞い静かに想いを伝えようとしていた。
『可愛い花を沢山つけて元気になったなー』
小さな可愛い花は、いつも声をかけてくれる若い男と居られることが、一層綺麗な花を咲かせられることに気付き、花としての幸せを感じていた。
しかし花の命は短く、一枚…また一枚と花弁が落ちはじめていた。
そして、田植えが始まる少し前に全ての花弁が落ちてしまい、花は短い生涯を終えた…。
正吉は、落ちていた雪のように真っ白な花弁を一つ拾い上げ、枝と共に庭先の土に返してあげた。
それから一年が過ぎて、稲刈りの時期になったときに、それはそれは美しく若い女性が村にやって来た。
しゃなりしゃなりと歩く姿に真っ白なワンピースは風に揺れる花のようで、村の皆は騒然としていた。
こんな山奥の村になんで美人の若い女性が…と村の皆は声を潜めて彼女を見ていた。
そして、彼女は迷うこと無く村で唯一の親孝行の若者の家を訪ねてきた。
『こんにちは』
若い女性は農作業をしていた正吉の前に行き、お辞儀をしたのだ。
雪のように白い肌と白い服に見とれた正吉は、女性のお辞儀の仕草に何となく懐かしさを感じていた。
『こ、こんにちは。どうしました?道にでも迷った…ですか?』
挨拶を返す正吉。
『いえ…里帰りです。これからは、この村で暮らす事にしたので…。そ、それより冷たいお水を一杯いただけないでしょうか。こちらには冷たくて美味しい井戸水があると聞いてきました…』
『あ、水ですね。美味しい井戸水ありますよ。まだ9月で暑いからね。あそこの日陰になってるとこに椅子があるから…よかったら座ってて』
女性は正吉に言われて窓のすぐ下にある椅子に腰かけた。
正吉は、家の中からコップを持ってきて井戸の所へ行き、井戸水を汲み上げる手押しポンプのレバーを上下に動かして出てきた水をコップに入れて女性に手渡した。
『ありがとうございます』
女性は椅子から立ち上がり、正吉からコップを受け取り冷たい井戸水を飲み干した。
その様子を遠巻きに見ていた村人たちはどよめいた。
『婆さん、祝い酒の用意だ…せがれにも連絡だぁ!』
『えれぇこった!こりゃあご馳走作んなきゃなんねぇな!』
気の早い村人たちは働き者の正吉のために農作業を中断して家に戻り料理だ紋付き袴だ!と右往左往。
そんな村人たちの事など知らない正吉。
正吉の部屋の窓に映る女性を見ていた正吉は、不意に一年前の窓辺に置いた雪やなぎを思い出してハッとした。
女性は屈託のない笑みを浮かべ水を飲み干したコップを正吉に渡して『ただいま』と、か細く小さな声で呟いた。
おしまい♪
著 安桜芙美乃
白い色は恋人の色 ベッツイ&クリス
花には精霊が宿っているといいます。
花自身、進化をするもので進化をするということは、考える能力を持ち合わせているのだと思います。
考える能力があるとすれば意思と意識を持ち合わせるものだとも思います。その現れが花の精霊(花精)なのかもしれません(*^^*)
このお話は、雪やなぎの花言葉に合わせて民話風に書いた私の創作です。ちょっと時期は早いけど(^^ゞ
【雪柳の花言葉】
『愛嬌』『愛らしさ』『賢明』『殊勝』『静かな思い』
殊勝とは…
心掛け、行いなどが健気で感心なことだそうです。
【折句】
ゆ)雪の季節の終わる頃
き)綺麗な花はなごり雪のように
や)優しい春を連れてきた
な)凪ぐ風静かに揺すられて
ぎ)暁光浴びて仄かに染まる愛らしさ
の)長閑に俯きしなやかに
は)花を纏(まと)いて揺れる色気の柳腰
な)流し目で心を誘う雪柳…
(暁光(ぎょうこう)
朝陽、明け方の光
(柳腰(やなぎごし)
細くしなやかな腰つき、美人の喩え♪
折句は、雪柳の花言葉である
【静かな思い】と【愛らしさ】
それに色気を加えてみました( 〃▽〃)
今回も最後まで読んでくださりありがとうございました☺️
また来てね(@^^)/~~~♪