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能『箙』初シテを務めて〜第一章:舞台当日の記録〜

令和6年11月18日、早稲田大学能楽連盟秋季公演にて、能の初シテを務める機会に恵まれた。
初シテを披くに際してお世話になった島村明宏師、當山淳司師をはじめとする全ての方々に感謝の念を表して、ブログの序文とする。

当日の番組。一部抜粋

このブログでは、以下の六章に分けて箙を振り返っていく。

・舞台当日の記録
・センス・オブ・ワンダー
・地力と技術
・学生能の魅力
・悲しみなんて笑い飛ばせ
・能楽とボランティア


第一章:舞台当日の記録

11月18日、朝10時過ぎに起床。☀️
外気温は10度少々。寒気が急に流れ込んできたのだろうか、肌寒い。
前日に喉風邪を引き熱を出していたこともあり、体調は今ひとつ。
現在の体温は37.5度程か。

 しかし、気分は悪くない。頭痛も吐き気もなく、ひとまず安心した。

舞台に向けてのやる気はいつも通り、そこそこだった。(※私は、どの舞台の時も特にやる気を前面に出していくタイプではなく、割とぱっと見ドライなタイプである。意気込むということは滅多にしない。)

そして問題の喉だが、相変わらずガラガラだ。
「あー。」と軽くひと声出すも、痰が絡まり重いように出ない。
口を濯いで再び、「あー。」と出すも、今度は喉が痛い。コロナの時ほど痛くはないが、かなりマズイ...

堪らず喉にスプレー。
シューっとワンプッシュ、喉に滲みる。
とりあえず朝ご飯を口にするも、あれ?何を食べているんだろう?匂いがわからない。
鼻詰まりだ。

声が命の演者として、望み得る限り最悪とも言えるようなコンディションだ...

と嘆く自分も脇にいる一方で、ニヤリと笑った自分が中心に居ることに気づいた。

不敵な笑みを浮かべる自分...これは自信から来るものなのか、現実をあざ笑う呆れた私の心情なのか...
朝飯を食べていると、

「調子はどう?」と親友からLINE。

「いつも通りさ。ちょっと風邪気だけどマスク着けてるから安心して観に来てね。」
と返す私。(※マスクはNoh-Maskのこと。)

すると、師匠からLINEが。

「おはようございます
寝られましたか?
舞台までに 本番のように 声を出してください
今 金沢駅です 14:20ごろ 東西線で早稲田に着く予定です
よろしくお願いします」

返信を短く行ったのち、ふと気づく。

あ、やべっ。師匠がもう出発しているのに、俺まだパジャマじゃん...

しかし、焦っても仕方ないので?!

風邪薬を飲み再び寝床に戻る私。

師匠からの指示に従い、ベッドに腰掛けて、

「東は生田の森。西は一ノ谷を限って。その間三里がほどは、」と出力をMAXにうたう。

「満ち満ちたり...」最後の謡が出てこなかった...もう既に、
喉は限界を迎えていたのだ。

しかし、声量はまずまず出ていた。アドレナリンで何とか身体が頑張ってくれているようだ。

あとは身体のコンディションを調えて、なるべくフラットにうたえるようにするだけ。

それが最優先事項だと気づいた私は、出発時刻を延ばし身体のストレッチを始めた。

頭の凝り解し、肩と首周りの可動域チェック、インナーマッスルの柔軟性、股関節の柔軟、喉のツボ押し、脚の疲労回復ストレッチ、四股...

30分ほどかけて身体を温める。
幸い熱も上がらず、何とか大学までは辿り着けそうだ。

そう判断した私は、早稲田大学大隈講堂へ向けて出発した。

電車で座る時もお尻・足指をこまめに動かし、血行促進。
それでも体調はやはり厳しい。
講堂に着く頃には、走ったわけでもないのに息切れが...

 13時35分。大隈講堂裏側の楽屋へ遅めの到着。
早稲田大学能楽連盟を代表して舞台挨拶を務める予定だったことを思い出し、息つく間もなくステージの確認と運営状況の確認。
様々な問題に対処しつつ、14時、開演を告げる舞台挨拶。


体調不良を悟られないよう、当日コマンドしやすかった低めの声で短めの挨拶となった。
上手く決まったようで、そこそこの拍手。

挨拶が終わると直ぐに会場を飛び出し、師匠を迎えに地下鉄早稲田駅へ。
満面の笑みで改札を出て来られる師匠。
スーツケースを預かった私は、師匠と共に大隈講堂へ。

 実に不思議な気分だった。私が慣れ親しむ早稲田大学に、金沢でお世話になっている師匠が足を踏み入れる...
違和感しかない光景だったが、集中を切らすまいと湧き上がる感情を押しやり、師匠へ今日の流れと体調を一部報告。
そうこうする間に、大隈講堂へ再び到着。
舞台まで時間があったので、学生能ちょっと観てみるわと見所へ行く師匠と別れ、私はコンビニへ。

おにぎりを三つ頬張り、風邪薬を喉へ流し込む。
この時点でもまだ、気怠い感じの疲労感と喉の痛み、鼻詰り、熱っぽさは変わらず。

しかし気分はむしろ良好で、ニヤけが止まらないといった心境だった。

私はかねてより、息で押す謡を研究し志向してきた。声の調子が良いと却って息への意識が弱まり、見掛け倒しで不恰好な謡になることがしばしばある。
声の調子が悪い今、息への意識は放っておいても強くなる。そういう風に身体が出来ているに違いない。

これは、強靭な向かい風に見えて実は追い風なのでは...と私は捉えたのだ。
事実、私の先述したニヤけの正体の一部は、この強靭な向かい風を追い風に変えられたことへの喜びと興奮によるものだった。

大学構内のベンチでランチを済ませて楽屋へ戻ると、當山先生をはじめ地謡に参加される先生方が到着されていた。

挨拶と今日の流れを確認した後、當山先生と二人で打ち合わせ。
後見を務められる先生の一人であり私の師匠でもあるので、体調と舞台の広さを報告。
昨日の発熱の事実を伝えると、當山先生の表情が少し翳った。
「大丈夫か?気をつけててそれでも罹ったんだしどうしようもないことだけど...」と心配そうな當山先生。

しかし、先述したように、声は現状満足に出ることはないものの謎の自信があった私は、
「熱は今朝下がったし全然問題ありません。ご心配なさらずとも大丈夫です。本日は宜しくお願いします。」と當山先生に報告した。
発熱が続いていることは、ついふわっと伏せてしまったのだ。

そして時間はあっという間に過ぎていき、17時過ぎ、開演一時間を切っていた。
スーツを脱ぎ着付準備を始める私。

その横には、肩がガチガチになり、見るからに緊張してそうなアイの伊藤君の姿が。
その姿をみて、思わず噴き出した私は、彼の肩を揉んだ。
「なんでシテがアイの肩揉んでるんだよ〜」と言いながら軽く揉み揉み。

にこやかに挨拶を交わしてアイや能連の仲間達と別れた私は、装束の着付けへ。

着付中、ちょくちょくアドバイスを下さる師匠と、粛々と私の着付けを行う先生方。

「もっと太れよ〜。」と當山先生。
装束は、恰幅がよい方が見栄え良く見えるので、細身に見える私をイジってきたのだ。

それに対し、
「いつも一日五食なんですけど太らないので、もっとご飯連れてって下さいよ。」と返す私。

舞台開演十五分前とは思えないふざけた会話に見えるが、これは私の集中の証。

陸上短距離の絶対王者ウサイン・ボルトは、試合前に笑顔を浮かべパフォーマンスをすることで知られている。
笑顔になることで、身体がリラックスしてくる。しかし頭はハッキリ集中している。
そういった理想の状態をつくるために、ボルトにとって笑顔は重要な戦略だったのだ。

私は高校時代陸上部に所属し、短距離のエースとして県内ではそこそこの活躍をした。
リラックスしている時の方がパフォーマンスがいいから、俺も取り入れてみよう!と思った私は、重要な試合の時は周囲の選手とお喋りしたり笑顔を作って少し戯けたりするなどしてパフォーマンスを向上させていた。

高い集中力を維持するために笑顔でリラックス...

陸上で培ったテクニックを能楽でも活用した効果か、最後まで平常心で舞台を迎えることができた。

17時50分、舞台開始を告げる御調べが会場にそれとなく響く。
舞台出演者と挨拶を交わして、幕の裏側、鏡の間へ。

実際の写真。鏡と向かい合って、出番をじっと待つ。自己を忘れ役と出会い神となる大切な時間。

第一章は、幕の手前で終わりとする。
続いての第二章では、「センス・オブ・ワンダー」をテーマに、舞台上でのリアルを演者目線で表現する。

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