第2回「いざレイキャビクへ 妖精学校なるものに入学してみた」連載|謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ(小川周佑)
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ケフラヴィーク空港に到着 妖精の気配は…
飛行機の着陸する瞬間はいつも、安堵と緊張が入り混じったような複雑な感情が、ズシン! と身体を揺らす肉体的な衝撃の中に飲み込まれていく。2018年2月。今回もまったくそれは一緒だった。どこか懐かしささえ感じるその感覚の中、機体はアイスランド・ケフラヴィーク空港に着陸した。
機内から飛行機のタラップに出ると、肌を切るような冷気が身体を襲う。気温はマイナス10度ぐらいであろうか? 夜明け前の空が少しずつ明るくなるのが見える。地平線はどこまでも続き、遮るもののない大地は容赦ない風の圧を自分の身体に叩きつけてくる。吹き荒れる風を全身に感じながら、そこから逃れるようにシャトルバスに乗り、暖かい空港の中へと向かう。
ケフラヴィーク空港は他のヨーロッパの国際空港に比べれば幾分こじんまりとしていた。しかし、モンドリアンの絵画を立体化したような黄色や赤の半透明のカラーガラスが大胆に配置されていたり、都心の目抜き通りにあってもおかしくないような洒落た雰囲気のバーやカフェもいくつも空港の敷地内に点在していて、小さいスペースの中にぎゅっと美的感覚のエッセンスが凝縮されている印象だ。
日本の空港や公共建築はどうしても「誰からも怒られないように」「誰からも批判されないように」、地味な、保守的な建築になっていくような傾向が強い気がするが、これくらい攻めたデザインがあってもよいと思う。
妖精、精霊のような”神秘的なもの”というのは、しばしば「前近代的」「非科学的」のような言葉とワンセットで語られる。「近代的」であり、「科学的」であることが「ふつう」で「望ましい」とされる世の中では、妖精や精霊たちは肩身が狭いように思える。
あるいは、ディズニーのピーターパンに出てくるティンカーベルのように、キラキラしたファンタジーの枠組みの中で語られるか、スピリチュアルの枠組みで語られるか。いずれにしても、我々が21世紀の今生きる、リアルな生活とは別のカテゴリーに属するもの、という風に捉えられているのは間違いないだろう。
このケフラヴィークの空港の雰囲気からは、「妖精」も「精霊」も「ファンタジー性」も微塵も感じることができない。むしろあらゆるところからモダンでスタイリッシュで、日本人がアイコンとして崇めるような北欧の先進的なライフスタイルの香りが漂ってくる。
こんな洗練された、奇異なものたちにとって居心地が悪そうなところに、本当に「妖精」はいるのだろうか。
空港からのバスに乗り込み、レイキャヴィク中心街へと向かって行く。空港の前衛的な雰囲気とは打って変わって、観光客の増加に沸く国にしては少しくたびれたような、十年一日のごときベテランの風格を漂わせるようなバスだ。バスに揺られ、これから長期滞在をすることになる、「Capital Inn」という宿の前でバスを降りる。ドミトリー(相部屋)1泊15ドルほどの宿で、世界中どこでもあるような、若者や学生をメインターゲット層とした安宿のひとつだ。
カウンターにはアジア系っぽい若い女の子が一人。流暢な英語を喋る子で、てきぱきと部屋や宿泊のシステムについて説明をしだす。ここまで何ひとつ、他の国と違ったところはない。こうなってみると、「妖精の住居」や「妖精の立場に立って抗議運動を行うという運動家」という、文献では確かに現れたはずの存在たちが、随分浮世離れした、実在が疑わしいようなものに思えてくる。疑念を持ちつつ、日本から持ってきた異常な重さの荷物の荷ほどきを始めた。
アイスランド妖精学校は雑居ビルの中にあった!
冒頭に書いたように、自分はアイスランドに行くのも初めてであれば、友人知人もアイスランドには誰もいない。すなわち、アイスランドの妖精に関しても知識としてはほぼ何もない状態である。
そんな状態で「妖精の国際的ニュース」に出た人々に対してインタビューを試みても、前提として持っている知識の差がありすぎて取材にならないのではないかと思い、初日に取材に行く先は決めていた。
首都レイキャヴィクにある、「アイスランド妖精学校…The Icelandic Elfschool」という「妖精学校」である。
「アイスランド妖精学校」についての噂は日本でも聞いていた。レイキャヴィクの中心にあり、妖精についての講座を週1回4時間、外国人向けに行っているという。おそらく世界で唯一の、「妖精学校」だろう。値段は54ユーロ(※現在は61ユーロ)と決して安くはないが、まったく妖精に関しての知識がない自分にとっては良いイントロダクションになる。まずはそこから始めよう、ということは出発前からすでに決めていたのだ。
レイキャヴィクでも有数の大きさの近代的なショッピングモール「クリングラン」(日本のイオンモールとかに規模感もそっくり)からそう遠くないところに、「アイスランド妖精学校」がある。「ある」といっても、ファンタジーの世界から飛び出てきたようなチャーミングな一戸建てやツリーハウス、はたまた巨大な総合大学の建物のようなものがある訳ではない。古びた3階建ての雑居ビルに、ちょっとサイケデリックな感じの「The Elfschool」という看板が貼ってあるだけだ。そういえばインターネットでも外観などをちゃんと確認せずに来てしまった。本当にここでいいのだろうか?
意を決して雑居ビルに入る。アイスランド妖精学校は3階にある。階段の踊り場には「白雪姫と7人のこびと」に出てくるような、赤と緑のとんがり帽をかぶり白と黒の顎を豊髭かに蓄えた小人の像が2つ並べられている。これがアイスランドの妖精「フルドゥフォルク」なのだろうか?
紫色で無機質な「アイスランド妖精学校」のドアを開けると、そこには校長のマグヌス・スカルフェディンソンがいた。
巨大な岩のような印象を与える老紳士だった。体格も大きければ、腕、手、身体一つひとつのパーツが尋常じゃなく大きい。
ていねいに手入れされた白髪と白い顎髭を蓄え、腹の底から響く声で、こちらに語りかけてくる。
「よくここまで来たな。ところで君はどこの国の人だっけ?」
「日本です」
「日本からか。日本といえば河童だな。河童を見たことがあるか?」
「いや、"まだ"見たことないです」
そんな世間話をしたあと、ビルの奥にある教室に向かう。教室といってもマンションの一室ぐらいの規模で、机の周りに椅子が整然と並べられているだけだ。教室の中はキラキラしたファンタジー系の、妖精や魔術を連想させるような小物に彩られている。
“生徒”は自分以外に3人。ヨーロッパ各地から来た参加者の女性たちがひと通り”教室”の写真を撮り終えると、遅れてマグヌスがゆっくりと現れ、テーブルの前の椅子にどかりと座って口を開いた。(第3回「ティンカーベルとは程遠い!?アイスランドの妖精目撃談」へ続く)
文/小川周佑(写真家・ライター)
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