第3回「ティンカーベルとは程遠い!?アイスランドの妖精目撃談」連載|謎多きアイスランド 妖精と民俗文化ルポ(小川周佑)
見た目も暮らしも人間そっくりな妖精
マグヌス「さっそく話をはじめよう。アイスランドには大別すればアウルファー(álfar。英訳:elves)とフルドゥフォルク(英訳:hidden people)という、2種類妖精を表す言葉がある。フルドゥフォルクもアウルファーの一種だが、”human elves”という、特異なカテゴリーに属するものだ」
語りっぷりからなんとなくの重要性はわかった。しかしこれではそのアウルファーとやら、フルドゥフォルクやらがどんなものかイメージが湧かない。まずはアイスランドにおける妖精の姿形とはどんなものなのか、ということを聞いてみる。
「アウルファーの大きさは多様だ。たとえば花のアウルファーは3~12cmで、飛ぶことができる。つねに花の周りや中にいる。木のアウルファーは12~30cm。また、その他7、8種類の「自然のアウルファー」が存在する。それらの大きさは30~70cmぐらいだ。どのアウルファーも、テレパシーによって会話する。
それに対して、フルドゥフォルクは人間と同じぐらいの背丈を持っている。テレパシーではなく、人間と同じような言葉を喋り、それぞれのアイスランドの地方ごとのアクセントを喋る。姿形は人間とまったく一緒だ。そして、フルドゥフォルクはアイスランド固有のものだ」
どうやら日本人が妖精といわれて想像するようなものはアウルファーのほうであり、フルドゥフォルクは日本人が思い描く妖精像とはまったく違うもののようだ。後者についてより深く聞いてみる。
「フルドゥフォルクはどんな暮らしをしているんですか?」
「彼等は人間と同じような文化、暮らしを持っている。漁師や農家をやっていて、ふつうに家畜を飼っていたりする。食べるものも我々と同じ肉や魚だ。住居と言われているのは大体大きな岩や崖だ。そこに安定したエナジーがあるからで、火山岩であるとそれはなお良い。超能力者の中には、大きな岩や崖に窓やドアを見た、という人もいる。そして彼ら彼女らは人間と同じ様に、母から生まれ、成熟し、年を取り、死ぬ。公害にはとても敏感だ。意地悪なフルドゥフォルクはほとんどおらず、私の43年の目撃談のコレクションの中で1、2例を知るのみだ」
これを聞く限りは、フルドゥフォルクの性質は人間とまったく変わらないものらしい。よく日本人が「エルフ」といって想像する耳の長い種族や、ドワーフのような小人のような種族ともまったく違い、本当に人間そのものといった印象だ。そんな妖精が存在するのか…正直驚いてしまった。
「さあ、実際今までアイスランドに伝わってる、フルドゥフォルクの話に入っていこう。これはすべて20世紀に入ってからの、『妖精の目撃談』だ。何百年も前の人間たちの話ではない。普通の”科学的”なアプローチでは妖精の研究は無理なんだ。あくまで、目撃談の収集からその研究をするしかない」
そしてマグヌスはゆっくりと語り出した。
妖精目撃談①
「1964年、アイスランド北部・アークレイリ付近の農場での話だ。アイスランドのような極地に近い国では白夜があることは有名だが、その反面冬はこの国は早い時間から深い闇に包まれる。午後4時ですら真っ暗な時があるぐらいだ。
ある少年が、お使いのために隣の村の家に出かけようとした時だった。行程の半分まで行ったぐらいで、天気が急激に悪化した。雪、風、嵐…気がつけば彼は何の建物も見当たらないところに出てしまった。
4、5時間が経っただろうか? もうあと一歩で凍死してしまうかもしれない、そんな時に彼は煌々とした明かりを灯した農場の建物を見た。
少年はドアを連打した。しかし何の反応もなかった。そこで彼はあらためて3回ドアをノックした。アイスランドではノックの回数は、2回も4回も連打も『悪魔のノック』とされるからだ。
1人の男が少年のためにドアを開けた。少年は言った。
『入っていいですか?迷っていて凍え死にそうなんです』。男は快諾した。
家の中には男と妻、そして赤ちゃん2人がいるようだった。
少年は凍りついて冷たくなってしまった服を脱いだ。男は妻を呼び、着替えを与えた。家族は皆親切で、少年を助けてくれた。彼らの着ている服はとてもよい服だったが、400~500年前のもののようだった。家具も自家製のようだったが、1964年の基準からするととても古びたものであった。
この特徴はフルドゥフォルク、”隠された人々”のものではないか? と少年は訝しみ始めた。そして少年は男に聞いた。
『あなたはフルドゥフォルク、つまり”隠された人々”なのですか?』
男は答えた。
『私たちにとっては、あなた達こそ”隠された人々”、フルドゥフォルクなのですよ』
少年は驚き慄いた。フルドゥフォルクに関しては良い話も悪い話も聞いているからだ。だから彼はその家を逃げ出そうとした。しかし、天気は相変わらず悪く、引き返さざるを得なかった。
その時少年は、妖精やフルドゥフォルクは人間そのものなのだと確信した。ただ、それが昔の格好をしているというだけで。
その家のお母さんは温かいごはんを作ってくれた。彼女は言った。
『今日は天気が最悪だけど明日はよくなるわ。一晩泊まっていきなさい。ベッドもあるし、ゆっくり休めると思うわ』
少年は言われた通り一晩泊まった。ベッドはとてもよいもので、快適にゆっくりと休息ができた。
翌朝はお母さんの言う通りよい天気になっていた。フルドゥフォルクの家を出て、少年は家路についたが、行きに何時間もかかった道はわずか1時間弱でたどり着くことができた。少年はふとここまでのことが気になり、Uターンして足跡を辿っていったが、その先には建物も何もなかった。
少年はそれ以降、二度とフルドゥフォルクを見ることはなかったという」
マグヌスの話は続く。
妖精目撃談②
「妖精の話、というのは夢と関連性が高い。夢の中に妖精やフルドゥフォルクが出てきて、人間とコミュニケーションを取るということがある。
これは1982年、スナイフェルスネス半島での話だ。そこにジャコビーナという女性がいた。2人の息子と1人の娘の母親で、彼女は妖精とコミュニケーションを取れる能力を持っていた。
彼女が暮らしていた農場の南西の崖にフルドゥフォルクが住むと言われていたが、3月の初めのある日、ジャコビーナが眠っていると、夢の中にフルドゥフォルクの女性が出てきた。
フルドゥフォルクの女性は言った。
『ねぇ、私の子供にミルクをあげたいんだけれども、今買っている牛の乳の出が悪くてどうしても足りないの。1頭牛を貸して下さらない?』
ジャコビーナの家庭は牛乳と卵を売ることで生計を立てていた。彼女はフルドゥフォルクの女性を助けたかったが、牛乳を出す牛は4頭のうち3頭。そのうち1頭でも貸してしまえば家族が金銭的にやっていけなくなるのは明白だった。ミルクだけではダメなのかと聞くが、それではダメだとフルドゥフォルクの女性は頑なに主張する。ジャコビーナは悩んでいたが、女性は何度も懇願した。
そこで、最終的にジャコビーナも折れて、『1頭持って行っていいわよ』と彼女のお願いに応えたのだ。
『何とか残りの牛でやりくりするわ』
『本当にありがとう!』フルドゥフォルクの女性は言った。
翌朝。彼女の夫が起きて早々妻に言った。『牛が盗まれた!』
その日は30~40cmの積雪があったので外部からの侵入は困難だし、農場の周りにはなんの足跡もない。外に24時間放置されただけで死んでしまうような過酷な環境で、あえて牛を狙いに行く人間がいるとも思えない。風変わりな泥棒がヘリコプターで盗んだのかも? なんてとんでもないことも、夫は訝しみ始めた。
『ヘリコプターなんて有り得ないわ。フルドゥフォルクの女性が私に頼んで仕方がないから、それで牛を貸したのよ』
『それじゃ生計が成り立たないじゃないか! なんてことしてくれるんだ!』
その日は夫婦の間で物凄い言い争いになったが、なんとかジャコビーナがその場を鎮め、1頭の牛がいない状態での生活を続けることにした。
6週間後、ジャコビーナが眠っていると、再びフルドゥフォルクの女性が現れた。
『ジャコビーナ、牛をお返しするわ。ありがとう。私のところの牛も乳を出すように戻ったわ』
翌朝、ジャコビーナが表に出ると、本当に牛は農場に戻っていた。乳の出方も良好で、今までよりクリーミーになっていたという」
1つの妖精の物語が終わり、また新しいものがマグヌスの口から紡がれていく。時刻は昼から夜へと変わっていた。まだ2月。ヨーロッパの孤島の夜は早く訪れるのだ。外は闇に包まれ、物語は深まっていく。現実性や合理性、ある種の身も蓋もなさが支配する光の世界から徐々に「ふつう」の境目は揺らぎ、そこに「妖精たち」が顔を出してくる。
妖精に生命を助けられてきた
マグヌス自身も、こんな話を聞いたという。
「私の祖父から聞いた話だ。祖父が自分の農場から遠く離れたところで道に迷っていると、妖精の女性に会ったという。妖精は食べ物をくれて、正しく最短距離での帰る道を教えてくれた、と。このような話はたくさん見られ、それがさっき言った『アイスランド人は妖精に生命を助けられてきた』といわれる由縁だ。実際に妖精を見たことがなくても、どんなアイスランド人でもこういった目撃談を知っている。それがアイスランドと他国との違いだ」
あらためてアイスランドの妖精、特に「フルドゥフォルク」とは何かを整理する。アイスランド妖精学校では、受講生にたくさんの民話や目撃談が載ったテキストが配布される(授業では殆ど使わない)。その中の、「フルドゥフォルクのはじまり」という民話が、アイスランドにおける妖精の立ち位置をよく反映していると思われるので、次回はその話をしたい。(第4回「妖精学校校長に聞く:なぜあなたは妖精を信じるのか?」へ続く)
文/小川周佑(写真家・ライター)
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