Leaving This Town
青々とした別れの朝。
蒸せ返る都会の夜の熱がまだ残るアスファルトを蹴った反動で誰かのゲロを踏む感触に自分ももらいゲロしながら転がり続けた日々が終わる。
酒はもう一生分飲んだ。
女の涙で降る雨を傘も差さず浴びてきた。
金はバスタブに溢れていたが、底が抜けていたのかもう無い。
金だけじゃなく俺にはもう何も無い。
こうしてこの街を離れることも誰も知らない。
働いてた店もこのご時世で潰れてしまった。
煌びやかで、騒々しくて、誰よりも孤独だった日々にただひとつだけ残ったとするなら愛車のベンツGクラス、ゲレンデだけだ。
マンションから離れた所にある駐車場へ向かう。朝早くに沢山の人たちがもう動いている。朝日に萎んで魔法が解けた女。スーツ姿の男。車の荷台から箱を降ろす人。その箱を店の中に運ぶ人。店の中から箱を出してくる人。その箱を車の荷台に乗せる人。得体の知れない出し入れで街は今日も廻っていて、それが一体何なのか俺が知ることはもう無い。箱には「かに」と書いてあった。
今はもう清々しい。
何も無かったし何も残せなかったが、確かに俺の半生はこの都会の夜の熱と共にあった。
その微熱を抱えて福井へ帰ろう。
駐車場のある建物が見えて来る。
ここでお終いだ。
さようなら、新宿。
さようなら、歌舞伎町。
さようなら、Host Club「晩秋」 〜枯れか、枯れ以外か
「タマッテイクナンテヒドイヨ!コウジ」
「あっ、チーちゃん……」
駐車場の入り口で褐色の肌に黄緑の蛍光色を纏った女が待ち伏せしていた。チチョリーナだ。
「コウジ、ワタシ連レテ福ナンチャライク言ッタノ忘レタノカ?」
「ごめん、約束したんだったな。チーちゃん連れて福井帰るって」
欧州パブで働くどう見てもフィリピーナの彼女は俺の客の1人だったが、あまりにも名器だったんで仕事以外でもしょっちゅう会っていた。
「忘れる訳ないだろ、あんな名…迎えに行くつもりだったんだよ、チーちゃん」
「ホントカ?嬉シイ!コウジアイシテルヨ!」
夜に生きる人間は皆下手な嘘をつく。
抱きついて来た彼女はココナッツミルクとドリアンをミキサーにかけてそこにシャンプーを投入した、当初の欧風コンセプトから大きく外れていた為全く売れなかった「ティモテ 2ndインパクト〜セブ島の香り」で洗髪したような香りがした。
ティモテの奥に南国の貧しい路地裏を抜ける風が吹いていた。
ふたりで車に乗り込む。
駐車場を出て朝の都心を快走するゲレンデの姿がショーウィンドウに映る。
「コウジ、タバコ吸ッテモイイカ?」
俺の返事を待たずに火をつけるフィリピーナ。
こんなの連れて帰ったってしょうがないし、大体がコイツの狙いは俺の金だろう。もう無いけど。
別の体位を試してみたかったのと、ひとりで街を離れるのが寂しかったのかもな、俺も、彼女も。
ベンツゲレンデと絶世の名器を連れて37.6℃のまま福井に帰る、それが俺の第二の人生の始まりだ。
安心したのか、都心を離れると彼女は助手席で寝息を立てていた。
「ムニャ…アイシテルヨ…コウジ」
「俺もだよチーちゃん。洋二だけどな」
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