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自走する文化財~旧三井家下鴨別邸の事例から~

京都市左京区、下鴨神社近くの旧三井家下鴨別邸に行ってきました。

大正14年(1925年)に完成したこの建物は、豪商・三井家の旧別邸として、明治期の主屋を移築し、大正期に玄関棟を増築して作られたものです。
明治時代から大正時代にかけての和風建築の特徴を色濃く残しているレトロな雰囲気と、四季折々の風情を楽しめる庭園の調和が訪れる人々を魅了しており、京都の密かな人気スポットです。

また、近代京都で最初期に建設された主屋を中心として、大正期までに整えられた大規模別邸の屋敷構えが良好に保存されていることから、2011年には国の重要文化財に指定されています。

重要文化財をプライベート利用できる?

旧三井家下鴨別邸(以下、下鴨別邸)のホームページを見ると利用のプランがいくつもあることに気がつきます。

主屋、茶室等を活用した会議室や、文化サークルの発表の場などの利用はもちろんのこと、東山エリアの眺望を楽しめる貸切の食事会場としても利用可能です。

また一般利用者がいつでも立ち寄れる喫茶スペースがあり、庭園を眺めながら季節の和菓子や抹茶を楽しむことができます。
その他にも茶室での呈茶など、定期的にイベントが開催され、訪れる人々に日本の伝統文化を体験する機会を提供し続けています。

国の重要文化財なのに、こんなにオープンでいいの?という気持ちになってきます。

文化財の活用を見据えた公開

そもそも下鴨別邸は、昭和時代に三井家から国に譲渡されて以降、京都家庭裁判所長宿舎として2007年まで使用されていました。
近代和風建築として価値が高いことから、2011年6月に重要文化財に指定されて以降は京都市が管理することになりましたが、建物として長年人が生活してきた、「生きた遺産」としての歴史があります。

建物の修復工事を経て、2016年から一般公開が開始されましたが、当初から文化財の保存と活用の両立を目指した運用が図られてきました。

また、建物の貸室だけでなく、庭も含めた敷地一体の活用も行われています。
企業研修やアフタヌーンティー、呉服店とコラボした着付け体験など、インバウンド需要も見据えた取組も多数実績があるようです。


自走する文化財

これらの取組は、公開当初から指定管理者として運営に携わる旧三井家下鴨別邸運営コンソーシアム(公益社団法人京都市観光協会を中心とした組織)によるものです。

どのような収支で運営しているのだろうとふと気になり、2023年度の事業報告書を確認したところ…

2023年度事業報告書より(https://ja.kyoto.travel/img/tourism/article/mitsuike/jigyohokoku_mitsui.pdf)

ほとんど自前の収入で運営している!

数字だけ載せられても何のことやら…となるので解説します。

一般的に、行政が所有する文化財の建物の管理を外部に委託するときは、維持にかかる経費などは市から指定管理料として拠出します。

文化財の建造物の維持管理費は、通常の建物より高額です。
古いのでいたるところに不具合が出ますし、修理の部品も手に入りづらいものが使われます。
展示品がある場合は照明や冷暖房を常時使用し、美しい庭園を保全するために度々行う剪定や除草作業…などなど枚挙に暇がありません。

これらには年間で1000万円を遥かに超える支出となりますが、収入状況を見ると、行政に頼らない自前の収入=利用料金、自主事業(イベントなど)が94%を占めています。
恐らく、市からの拠出は「その他」の30万円ほどでしょう。全体の収支はやや黒字といった数値です。

しかし、各地域の自治体で管理する文化財は、維持管理費を支出続けているものがほとんどです。下鴨別邸のように収支のバランスをとりながら「自走する文化財」は稀有な事例と言えるでしょう。


保存と活用が生み出す好循環


このように、下鴨別邸は文化財のユニークな公開活用で利用料金、イベント収入を増やし、建物や庭園の保全のために支出するサイクルを生み出しています。

近年は京都らしい会場でのレセプション開催を目的とした事業者からの問い 合わせが増加傾向にあり、海外ラグジュアリー層の食事会場等の受け入れなど、高付加価値の事業の需要も増えていくことでしょう。

一般公開を通じて人々にその価値を伝えるだけでなく、様々なイベントや特別公開を行うことで、文化財の活用から保存への再投資を図る下鴨別邸の取組みは、国が進める「文化観光」の理想的な事例のひとつと言えます。

文化財の持続可能な保存・活用の好循環を生み出し、貴重な文化財を次世代に継承するための取り組みが、全国で広がっていくことを願います。



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