蝉と星11
とても素敵な一日だった。
もし明日になっても覚えていたら……
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「みえた!!」
星の瞬きが空を覆い、光の運動会が開かれた。
とても綺麗で心の奥から光を灯してくれる喜びがあった。
皆も一心に同じ空を見上げていた。
こんな綺麗なものがあったんだ。
やがて運動会は終わりを迎え星たちは動かなくなった。
今でも残像が残っているのか星が動いているように見えた。
(終わっちゃった……)
どれだけ夜空を見上げ続けても星たちは動かない。
光希君が楽しそうに感想を言っている。
わかるよ。感動したよねって。
けれど明日になってしまうと考えると言葉が出なかった。
見た景色も話したことも全部忘れてしまうならって思うと今の自分は明日から続く自分から切り取られた存在だと思うと自分はどうしたらいいのかわからなくなる。
あの日私の顔を見ているはずなのに違う自分を見ていた美樹ちゃんの顔が脳裏に浮かぶといっそ何も言わず自分は空気のようにいた方がいいんだと思ってしまう。
ランプの人工的な光が先ほどまで夜空を見すぎたせいか目を覆いたくなるほどのまぶしく照らし続けてる。
このままこの眩しさとともにみんなから自分もいなくなりたくなった。
どうしてこんなに楽しい日なのに今の自分は今を楽しめないんだろう。
楽しかった。感動した。最高の思い出になった。
いろんな言葉が浮かんで感情をそのまま伝えたくても、この気持ちは続くことが無いと思うと言葉にできなかった。
「大丈夫。明日になっても覚えているよ」
目の裏に鈍い痛みが走るほどランプを眺め続ける私を引き戻すような声が明君から聞こえてきた。
根拠のない言葉は何故かとても頼もしく気持ちが安らいだ。
まるで蝋燭の光のようなゆらゆらと優しく灯り続ける温かみがあった。
励まそうとしてくれる時はいつもどこか緊張していて不器用な言葉で一生懸命伝えようとしてくれる人。
その言葉が私にとっては何よりも嬉しかった。
伝えたい一心で話そうとしてくれる言葉はオブラートに包むこともできない剥き出しの言葉が心の奥まで響いた。
そんな言葉に私は彼の瞳を見て話したかった。
「明日も会おうね」
いつも会っているはずなのに改めて言うと耳が熱くなった。
ランプの光にばれないように少し離れてまた空を見上げた。
今日が涼しくてよかったな。
今の火照った気持ちも感動した夜空もランプを囲って食べるスナックの味も忘れるのかなってまた思ったけど何故か無性にどうでもよくなってきた。
明日会えた時にまた明君と話せたらいいや。
皆は夜遅いからってことで家まで送ってくれた。
家に着いてベッドに入る。
スマホを開いてメモに一言だけ残して、アラームをセットした。
明日も覚えていますように。
「ふわぁ……」
眠気が体にいつもより強くのしかかる。
そんな眠気が昨日あったことが現実であったことを教えてくれたような気がした。
強引に体を起こしジャージに着替え玄関のドアを開け走りだす。
タッタッタッタ……
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海に着くと既に彼女はいた。
「おはよ」
「あ、おはよ~。はいこれ」
「おぉ、ありがとう」
まだ眠気が残っているのか目をこすりながら詩歩は缶ジュースを渡してくれ た。
「すっかり日が出るのも遅くなったよな。」
「そうだね~夏休み終わっちゃうね」
「東京にはいつ戻るん?」
「夏休みが終わったら戻ろうかな」
「あっちに戻ってもまた連絡するわ」
「うん!私も連絡するね」
暫くすると会話が途切れた。
「……」
横に座りお互い沈黙が続く。
言うに言い出せない。
まだ暗い空は未だに太陽が出る気配はなかった。
砂浜に緩やかに打ち付ける波の音しか聞こえなかった。
空を覆う雲は薄く広がり、より朝が更けることを拒むように光を覆っていた。
「あのさ……」
「どうしたの?」
「昨日楽しかったよな」
「ごめん……」
「気にせんでいいよ。詩歩はすごい楽しそうにしてたで!めっちゃ感動しててずっと見てたで」
「そうなんだね、昨日はちゃんと楽しかったんだ」
「うん、だから大丈夫。昨日も今日も同じ詩歩やし今日だってこうして会えてるんやから。また一緒に見に行こうや」
「うん……」
缶ジュースを握りしめたまま詩歩は寂しそうに俯いていた。
「大丈夫、俺が覚えているから。本当に詩歩は楽しそうやったよ。
そん時もまた楽しかった詩歩の姿を話すよ。ほんとに楽しそうやったから!」
照れくさい言葉にかぶせるように似たような言葉を発すると俯いていた詩歩はいきなり噴き出した。目元に涙がきらきらと反射させて笑っている。
「明君っていつも口下手だよね」
「しゃあないやん!なんかそんなことしか言えへんねんから!」
目じりの涙を拭いながら必死に弁明しようとしている自分を詩歩はまた笑っていた。
「あーおもしろい。ありがとうね。またいこうね!」
「お、おう」
少し不貞腐れた自分の姿を見て詩歩はまた楽しそうにくすくすと笑っていた。
むず痒くて恥ずかしい。でも嫌じゃなかった。
楽しそうな笑う彼女のが好きだから。
頭にそんな言葉が浮かんでしまうと無意識に目をそらして正面の方を見た。
夜と朝の狭間に星は名残惜しそうに煌めいているが、既に水平線上からはうっすらと紺色の空は薄くなり始め朝が近づいていた。
もうすぐ朝が来る。
夜はもうすぐ終わるんだと思うと少し名残惜しく感じ未だ煌めく星を見ている燃え上がる強い光が星の横を通り過ぎた。
「あっ」
不意に詩歩から声が聞こえた。
恥ずかしそうに耳を赤くしている明君の横顔がどこか親しみを覚えた。
同じように明君の見ている方角で空を見るといつもより高い方向を見ていた。
いつもより暗い空は星が見えるほど暗かった。夜の延長がそこにはあった。
懸命に仄かに光り続ける星を見ているといきなりぽっかりと空いた雲の穴から強い光の流星が雲の間を駆け抜けた。
「あっ」
目頭が熱くなった。
だって、見覚えがあったから、本当に見覚えがあったから。
あんなに強い光じゃないけれど。瞬いて消えるあの空の光は間違いなく見間違えじゃない。
残像じゃない。とても儚く瞬く空の記憶。
「大丈夫か?」
明君は心配そうにしていた。
「ありがとう……」
私はそれしか言えなかった。どうしても言いたかったこと。
穴の開いた私を紡いでくれる人。
「覚えてたよ。昨日はみんなで流れ星を見たんだよね。光希君はランプ持ってきてくれて私は望ちゃんとお菓子を買いに行ったんだよ。そして秘密の浜にいってお菓子パーティーしながらみんなの将来を話したんだよね。
それでしばらくしたらランプを消して空見上げながら話したけど気づいたらみんな黙ってみててその姿が可笑しかったな。でも見えた瞬間みんなでたくさんはしゃいだよね」
あふれる記憶を話せば話すほど重なる昨日と今日の自分。
私があの時もいたんだって。
入れたてのサイダーの泡が弾けるように沢山の流れ星が煌めくように記憶が浮かんできた。
私がいるんだって事を。
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