#7 毒親との関わり方 ~中学時代、最大の事件~
いつも読んでいただきありがとうございます。
今日は、ついに中学時代の最終編、「中学時代最大の事件」についてです。
それは、中3の、進路を考える時期に起こりました。
父親が突然、「中学を卒業したら、義務教育は終わるのだから、宗教の布教に専念するべきだ」「高校に行く必要はないだろう」と言い出したのです。
このときは、ほんと何言ってるか分からず、あまりにものショックで、記憶が飛んでる部分があるのですが、
ちなみに、家は金銭的には困っていない家庭でした。時代のおかげもありますが、父親の年収は700万円台(源泉を見せてもらっていた)、かつ家賃4万円ほどの公団に住んでたので、いくら宗教に寄付しているとはいえ、貯蓄もそれなりにあり、子供を高校にやるのに困るような家庭ではありませんでした。
その後、親が宗教の偉い人にお伺いをたてます。「子供を高校に行かせず、宗教に専念させるのがベストと思うが、どうか」と相談したところ、
「今の時代、中卒ではアルバイトもできず、最低限の生計を立てていくことも難しいでしょう。高校までは、行かせてあげてもいいのでは」と言われたと。
皮肉なことに、私は宗教の偉い人?のおかげで、中卒の危機を回避することになったのです。
ちなみに、この宗教では、「できれば生涯独身で、最低限のアルバイトをしながら、できる限り長い時間を宗教の布教に割く」ことが、最も徳の高い生き方だとされていました。恐ろしすぎて鳥肌立ちますよね。
自分たちは自由に恋愛して、好きな人と結婚して、子供も授かっておきながら、子供にはそんな宗教オンリーの人生を歩ませようとするのです。これを毒親といわずして誰を毒親というのか、という感じです。
さらにムカついたのは、父親は、裕福でない親が必死に働き詰めた稼ぎで、高専まで出してもらってる。母親だって、親に無理させて看護の専門まで通わせてもらってるんです。自分たちはそうやって育ててもらったくせに、ましてお金に困ってるわけでもないのに、何でよりによって子供は中卒なの?っていう。笑
毒親シリーズの初回で、「宗教の教えで子供の尻を叩き始めた」という話を書きましたが、その時も、今回も、ここから先も、とにかく「何かを決める」となると、両親は必ず宗教にお伺いをたてていきます。
私が両親に対して、最も軽蔑していたのはこの部分です。
百歩譲って、宗教にすがりたくなる気持ちは分からないでもない。私は子供を産むことはないので、子供を持つ苦労は一生分からないし、ましてこんな育てにくい子供を抱えて、大きな悩み、苦しみがあったことだろう、と想像することしかできません。
でも、行動のすべてにおいて宗教にお伺いを立てなければ決められないとしたら、それは人として、もう終わってるも同然でしょう。
「あんたたちは思考停止してるのか?脳は機能してないのか?」ってことなわけです。人間に生まれて、こんな素晴らしい脳を与えられておきながら、それこそ神への冒涜だと私は思うわけです。
宗教を信仰したり、神様を信じることを悪いといってるのではありません。いい大人が、普通の宗教とヤバい宗教の区別もつかず、マインドコントロールされて、「自分の頭で考えられない」「考えることを放棄し、子供を不幸にしていることに気づかない」ことを軽蔑していたわけです。
ただ、これはもっと後になって、冷静になったときに思えたことで、当時はもう、日々起こる現実がただただ悲しいだけ、むしろ、両親と同じ思想を選べない、染まれない自分を苦しく思うことすらありました。
そりゃそうですよね。好き好んで親に嫌われたい子供なんていないし、できれば仲良く暮らしたいわけですから。それを完全にあきらめて、自分の道を進む決意をするのは、生半可なことじゃありません。
話はそれましたが、こうして何とか中卒の危機を回避した私は、「人生で一番はしゃぎ、一番荒れる」高校時代に進んでいくことになります。
今日もお読みいただきありがとうございました。