末梢神経の外科(文献より)
序論
末梢神経障害とは、四肢や体幹の神経が靭帯、筋腱、骨性のトンネルなどの狭い部位を通過する際、慢性的に機械的圧迫を受けることにより生じる神経障害です。この圧迫が持続すると、神経の絞扼や虚血が引き起こされ、支配領域に運動麻痺、感覚障害、疼痛などの症状が現れます。末梢神経障害は脊椎脊髄疾患と類似の症状を呈するため、両者の鑑別が重要になります。また、単一の神経が複数箇所で圧迫されるdouble crush syndromeが存在するため、軽度の圧迫でも症状が誘発される可能性があり、注意深い診察が不可欠です。
代表的な末梢神経障害には、肘部管症候群と梨状筋症候群があげられます。肘部管症候群は、肘関節の内側で尺骨神経が絞扼されることで発症し、手や指に痺れやしびれ、運動障害などの症状が現れます。有病率は比較的高く、一般人口の約15%が何らかの症状を経験すると報告されています。一方、梨状筋症候群は、梨状筋の過緊張や肥大により坐骨神経が圧迫される疾患で、臀部や下肢の痛み、しびれが特徴的な症状です。日常生活に支障をきたす深刻な障害として知られています。
末梢神経障害は日常生活の質を著しく低下させるため、適切な診断と治療が不可欠です。外科的治療では、神経の絞扼を解除するための減圧術が行われます。術後は、理学療法や作業療法を中心としたリハビリテーションが重要な役割を果たします。リハビリでは、麻痺した筋力の回復や、感覚障害に対する訓練などを通じ、機能の改善と社会復帰を目指します。医療従事者には、末梢神経障害に関する正しい知識と経験が求められ、患者個々の状態に合わせた質の高い医療の提供が期待されています。
肘部管症候群
肘部管症候群は、尺骨神経が肘部で圧迫されることにより生じる末梢神経障害です。主な症状は、手のひらから小指側にかけての痺れやしびれ感、そして尺側手根屈筋や小指の深指屈筋の筋力低下です。原因は、上腕骨骨折の既往のほか、肘関節の反復運動や解剖学的な骨や靭帯による絞扼なども考えられます。
診断には、症状の経過や所見から疑われた場合、神経伝導検査や画像検査(MRI、CT)が有用です。神経伝導検査では、尺骨神経の伝導遅延や伝導ブロックを認めることがあります。画像検査では、神経の走行異常や圧迫部位を確認できます。
初期治療としては、保存療法が試みられます。安静や装具による固定、消炎鎮痛剤の内服、ステロイド注射や生理食塩水注射による神経ブロック療法、さらには理学療法による筋力トレーニングなどが行われます。しかし、保存療法で症状が改善しない場合は、手術療法が選択されます。
手術では、滑車状肘靭帯切開による減圧術が一般的です。この手技では、肘部で尺骨神経を圧迫している滑車状肘靭帯を切開し、神経を解放・減圧することで症状の改善を図ります。手術症例として、55歳女性が左手のしびれと小指の動きにくさを主訴に来院しました。検査で肘部管症候群と診断され、滑車状肘靭帯切開術を施行しました。術後6か月で症状は改善し、日常生活に支障がなくなりました。一方、70歳男性は、右手のしびれと握力低下を認め、同様の手術を受けましたが、術後も軽度の筋力低下が残りました。このように、発症から手術時期までの経過や年齢などにより、術後の回復度合いは様々です。肘部管症候群は日常生活に大きな影響を及ぼす障害ですが、適切な診断と治療を行うことで、症状の改善が期待できます。
梨状筋症候群
梨状筋症候群は、臀部の梨状筋が肥大や痙攣を起こすことで坐骨神経を圧迫し、臀部から下肢にかけての痛みやしびれ感が生じる末梢神経障害です。診断は問診と理学所見から疑われ、神経伝導検査や画像検査で確定診断に至ります。症状は座位をとることで増悪するのが特徴的です。
初期治療としては、保存療法が試みられます。消炎鎮痛剤の投与や、神経ブロック療法による一時的な症状緩和が図られます。理学療法による梨状筋のストレッチや筋力トレーニングも行われることがあります。しかし、これらの保存療法で症状が改善しない場合は、手術加療が検討されます。
従来の手術法は、開腹して梨状筋を部分切除する方法でした。最近では、内視鏡下や経皮的に行う低侵襲手術も選択肢の一つとなっています。内視鏡下手術では小切開から内視鏡を挿入し、梨状筋の一部を切除・剥離して坐骨神経の圧迫を解除します。経皮的手技では、エコーガイド下に梨状筋内に薬剤を注入し、筋肉を萎縮させることで減圧を図ります。低侵襲手術は従来法に比べ、創部が小さく美容上の利点があり、術後の回復も早いというメリットがあります。
一方で、手術には出血や感染、神経損傷などのリスクが伴います。そのため、症状の重症度や罹病期間、保存療法の効果などを総合的に判断し、手術適応を慎重に検討する必要があります。65歳女性で2年来の右臀部痛と下肢のしびれがあり、保存療法で改善がみられなかった症例では、内視鏡下梨状筋releases術を施行しました。術後6か月で症状は著明に改善しました。このように、適切な治療を行えば改善が期待できる疾患です。一方、手術時期を逸した場合は、神経障害が不可逆的となるリスクもあり、早期の専門的な診療を心がける必要があります。梨状筋症候群は日常生活に大きな支障をきたす疾患ですが、的確な診断と適切な治療戦略を立てることで、多くの症例で改善が期待できます。
リハビリテーション
末梢神経障害に対するリハビリテーションは、機能回復と社会復帰を目指す上で欠かせない過程となります。理学療法や作業療法を中心に、患者の障害程度に合わせた個別のプログラムが立案されます。
まず、理学療法では主に麻痺した筋肉の筋力強化運動が行われます。肘部管症候群による手指の運動障害があれば、把持力を高める訓練に重点が置かれます。また、関節可動域訓練も欠かせません。梨状筋症候群で下肢の可動域が制限される場合には、ストレッチと並行して関節運動を促します。
作業療法では、感覚障害への対処法や日常生活動作の自立を目指した訓練が行われます。手根管症候群による手指のしびれに対しては、しびれへの対処法を指導するとともに、手指を使った作業訓練を実施します。足底のしびれを伴う足根管症候群では、靴の選び方やマッサージなど、しびれへの対処法を学びます。
リハビリテーションの過程では、患者の症状や回復状況に合わせて訓練内容を調整していきます。初期段階では軽い運動から始め、徐々に難易度を上げていきます。65歳の梨状筋症候群の患者さんでは、術後1か月はベッド上での簡単な下肢運動から開始し、3か月後には歩行訓練、6か月後には階段昇降訓練へと移行しました。1年後には杖なしで日常生活が可能となり、社会復帰を果たすことができました。
このように、リハビリテーションでは患者の回復過程に合わせた適切なプログラムを組むことで、機能の改善が期待できます。適切な治療とリハビリテーションを組み合わせることで、末梢神経障害による日常生活への支障を最小限に抑え、社会復帰を実現することができるのです。
結論
末梢神経障害は、日常生活に大きな支障をきたす疾患群です。適切な診断と治療が行われなければ、患者のQOLは著しく低下してしまいます。本稿で取り上げた肘部管症候群や梨状筋症候群などの代表的な疾患は、痛みやしびれといった症状に加え、運動障害を引き起こすため、包括的な治療アプローチが不可欠となります。
これらの末梢神経障害に対しては、保存療法と外科的治療を組み合わせる必要があります。保存療法では症状緩和を図りながら、手術適応の有無を慎重に検討します。手術療法においては、低侵襲手技の発達により、より安全で美容面での利点も得られるようになってきました。今後も手術手技の改良が望まれます。
術後には、理学療法や作業療法を中心とするリハビリテーションが極めて重要な役割を担います。リハビリでは患者個々の障害程度に合わせた訓練プログラムが組まれ、段階的に難易度を上げながら機能回復が図られます。適切なリハビリテーションにより、日常生活への復帰と社会復帰が可能となるのです。
末梢神経障害の治療には、これらの包括的なアプローチが必須です。しかしながら、依然として解明されていない部分も多く残されています。今後は病態解明に向けた基礎研究と、新規治療法の開発が課題として挙げられます。医療従事者には、最新の知見を学び続け、質の高い医療を提供することが求められています。末梢神経障害の診断・治療・リハビリテーションの分野において、革新的な取り組みが今後も重要になるでしょう。
質問コーナー
末梢神経障害とは何ですか?
末梢神経障害とは、四肢や体幹の神経が機械的圧迫を受けることにより生じる障害で、運動麻痺、感覚障害、疼痛などの症状を引き起こします。
肘部管症候群の主な症状は何ですか?
肘部管症候群の主な症状は、手のひらから小指側にかけての痺れやしびれ感、尺側手根屈筋や小指の深指屈筋の筋力低下です。
梨状筋症候群ではどのような症状が見られますか?
梨状筋症候群では、臀部から下肢にかけての痛みやしびれ感が生じ、座位をとることで症状が増悪するのが特徴です。
肘部管症候群の診断方法には何がありますか?
診断には神経伝導検査や画像検査(MRI、CT)が有用で、尺骨神経の伝導遅延や圧迫部位を確認できます。
末梢神経障害の初期治療として行われる保存療法には何が含まれますか?
保存療法には、安静、装具による固定、消炎鎮痛剤の内服、神経ブロック療法、理学療法が含まれます。
肘部管症候群の手術療法ではどのような手技が行われますか?
手術では、滑車状肘靭帯切開による減圧術が一般的で、尺骨神経を圧迫している靭帯を切開し、神経を解放します。
梨状筋症候群における手術方法はどのように進化していますか?
従来の開腹手術に加え、最近では内視鏡下手術や経皮的手技が選択肢として登場し、低侵襲での治療が可能になっています。
末梢神経障害に対するリハビリテーションの目的は何ですか?
リハビリテーションの目的は、機能回復と社会復帰を目指すことで、患者の障害程度に合わせた個別のプログラムが立案されます。
リハビリテーションにおいてどのような訓練が行われますか?
理学療法では筋力強化運動や関節可動域訓練が行われ、作業療法では感覚障害への対処法や日常生活動作の自立を目指した訓練が行われます。
末梢神経障害における治療の今後の課題は何ですか?
今後の課題には病態解明に向けた基礎研究や新規治療法の開発が挙げられ、医療従事者には最新の知見を学び続けることが求められます。
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