自律神経障害はこう診断し治療する
はじめに
自律神経障害とは、自律神経系の機能不全により引き起こされる様々な症状の総称です。自律神経系は交感神経と副交感神経で構成され、意識下で心臓、血管、消化器、排尿機能、発汗など、ほとんどすべての身体機能を調節しています。この自律神経系に何らかの障害が生じると、多彩な症状が現れます。
代表的な症状として、失神があげられます。失神は一過性の意識消失発作で、脳への一時的な血流低下が原因です。血管迷走神経反射や頚動脈洞反射により、末梢血管の拡張と徐脈が生じ、脳血流量が低下して意識を失います。初老期以降に多い頚動脈洞症候群は、頸部の動作で誘発される失神発作が特徴的です。
また、排尿障害も自律神経障害の一症状です。頻尿や尿失禁が見られ、排尿反射の制御に関与する交感神経や副交感神経の機能不全が原因と考えられています。便秘なども同様に、消化管運動の自律神経制御障害により生じます。さらに、発汗異常も自律神経障害の徴候の一つで、全身または局所の発汗量の異常をきたします。
このように、自律神経系はヒトの生命維持に不可欠な役割を果たしています。その障害は、臓器の機能不全を引き起こし、様々な日常生活に支障をきたす症状の原因となります。自律神経障害の適切な診断と治療が重要になるのはこのためです。
自律神経障害の種類
自律神経障害には主に3つの種類があります。
交感神経系の障害
交感神経障害では、起立性低血圧が典型的な症状です。起立時に交感神経の血管収縮作用が低下し、一過性の血圧低下を引き起こします。また、消化器症状として便秘や下痢などの運動障害、発汗異常として無汗症や多汗症などが見られます。副交感神経系の障害
副交感神経障害では、排尿障害が代表的な症状です。膀胱蓄尿や排尿困難などが生じます。また、眼症状として瞳孔散大や調節障害、唾液分泌低下による口渇なども起こります。特定の疾患に関連する自律神経障害
糖尿病性自律神経障害では、胃腸障害や起立性低血圧、発汗異常などの広範な症状が見られます。パーキンソン病では排尿障害や便秘、過剰発汗が認められることがあります。さらに、多系統萎縮症では重度の自律神経障害を呈し、起立性低血圧、消化器症状、発汗異常などの多彩な症状が現れます。
自律神経障害の原因は、神経変性疾患や代謝性疾患、薬剤性など様々です。診断には詳細な問診と身体所見の評価が重要で、必要に応じて自律神経機能検査なども行われます。自律神経障害は日常生活に大きな支障をきたすため、適切な診断と治療が不可欠となります。
診断方法
自律神経障害の正確な診断には、詳細な問診が極めて重要です。医師は患者の症状の経過、生活習慣、既往歴などを総合的に評価する必要があります。失神の場合、発作前の状況や誘因、発作時の症状、回復過程などの情報が不可欠です。排尿障害では、頻尿や残尿感の有無、排尿時の症状など、蓄尿と排出の両側面からの問診が求められます。自律神経障害の症状は非特異的なものが多く、単一の症状からでは診断が困難な場合があるためです。
問診に加えて、必要に応じて各種検査が行われます。起立試験や頚動脈洞マッサージ試験などにより、血圧や脈拍の変動を観察することで、起立性低血圧や頚動脈洞症候群の診断が可能です。また、自律神経機能検査として発汗機能検査や胃電図検査、膀胱内圧測定なども実施されることがあります。特に発汗異常の診断には問診だけでは不十分で、温熱発汗試験などの検査が必須とされています。
このように、自律神経障害の診断には詳細な問診と症状評価に加え、障害の種類に応じて様々な検査が組み合わされます。自律神経障害は日常生活に大きな支障をきたすため、的確な診断が適切な治療へと繋がります。適切な診断は自律神経障害の管理の第一歩となるのです。
治療アプローチ
自律神経障害の治療には、生活習慣の改善、薬物療法、その他の治療法があります。
生活習慣の改善が最も重要です。失神発作を予防するには、暑熱環境や脱水、飲酒、炭水化物の過剰摂取を避ける必要があります。塩分と水分を適切に摂取し、気分が悪くなったら直ちに臥位をとることが勧められます。頚動脈洞症候群の場合は、頚部の伸展や圧迫を避けることで発作を抑制できます。
薬物療法としては、起立性低血圧に対してα1受容体作動薬やフルドロコルチゾンなどが用いられます。排尿障害の治療には抗コリン薬やミラベグロンなどが使われますが、認知機能への影響に注意が必要です。発汗異常に対しては、全身性発汗過多にクロニジン、局所性発汗過多にイオン導入療法や交感神経節切除術が行われる場合があります。特発性後天性全身性無汗症には副腎皮質ステロイド治療が有効な場合があります。
その他の治療法として、排尿障害に対する間欠的自己導尿や、多汗症に対する手術療法なども選択肢となります。生活指導と並行して、症状に応じた適切な治療法を組み合わせることが重要です。
発汗異常の管理 - 原因と影響
発汗異常には大きく分けて発汗過多(多汗症)と発汗低下(無汗症・低汗症)の2種類があります。
発汗過多については、全身に及ぶ全身性発汗過多と、手掌や足底などの一部に限局する局所性発汗過多に分けられます。全身性発汗過多は自律神経障害が主な原因ですが、代謝性疾患や神経変性疾患、薬剤の副作用なども原因となり得ます。日常生活では汗が目立ち、衣服が汗で濡れるなどの支障があり、また周囲の視線が気になり精神的なストレスも生じます。
一方、局所性発汗過多の代表例が手掌足底多汗症です。これは原発性のものが多く、遺伝的要因も関与していると考えられています。手のひらや足の裏が常に湿っている状態になり、書類が濡れたりすべりやすくなったりするため、日常生活に大きな支障をきたします。
発汗低下については、無汗症と低汗症があげられます。無汗症は全身で発汗がほとんどない重症の状態で、原発性自律神経不全症や特発性後天性全身性無汗症などが原因です。発汗による体温調節ができないため、運動時や暑い環境下で容易に体温が上がり、熱中症になるリスクが非常に高くなります。低汗症は部分的な発汗低下で、無汗症ほど重症ではありませんが、同様に熱中症のリスクが高まります。
このように、発汗異常には生命に関わる重大な症状から日常生活の質を下げる軽症のものまで、様々な影響があります。したがって、発汗異常に対しては、まず原因の適切な診断が重要となります。その上で、症状の程度に応じて生活指導、薬物治療、手術療法などの適切な管理を行う必要があります。発汗異常は日常生活に大きな影響を及ぼすため、適切な対応が不可欠です。
発汗異常の管理 - 生活上の工夫
発汗異常には発汗過多と発汗低下の2種類があり、それぞれに応じた生活上の工夫が必要です。
発汗過多の場合、汗をよく吸収する素材の衣服を選び、脇の下にパッドを当てるなどの工夫をすると便利です。また、ハンカチやタオルを常備して適宜汗を拭くことも大切です。汗をかきすぎると気分転換を図る必要があり、涼しい場所に移動したり、軽い運動をしたりすることをおすすめします。
一方、発汗低下の場合は熱中症予防が最優先です。こまめな水分補給と適切な塩分摂取、冷房の効いた涼しい環境を心がけましょう。外出時は日傘や帽子の着用、冷却スプレーの携帯なども有効です。発汗低下の症状が強ければ、運動や高温環境は避ける必要があります。
このように発汗異常の症状に合わせて日常生活の工夫を行いますが、症状が重い場合や上手く対処できない場合は、専門医への受診をお勧めします。医療機関では症状に応じた適切な治療を受けることができます。生活上の工夫と併せて、専門家による適切な管理を心がける必要があります。
発汗異常の管理 - 医療的な対処法
発汗異常に対する医療的な治療には、発汗過多と発汗低下に分けて対応が必要です。
発汗過多の治療としては、まず全身性発汗過多に対してはクロニジンなどの内服薬が用いられます。一方、手掌足底などの局所性発汗過多には、塩化アルミニウムの外用薬や、イオン導入療法(イオントフォレーシス)が有効とされています。重症例では手術による交感神経節切除術が行われる場合もあります。
発汗低下の場合は、特発性後天性全身性無汗症に対して副腎皮質ステロイド治療が奏功することがあります。全身の無汗や低汗を主症状とするこの疾患は、2015年に難病指定されました。発汗低下では運動時や高温環境下で熱中症のリスクが高まるため、副腎皮質ステロイドにより発汗機能を改善することが重要です。
このように、発汗異常には様々な治療法がありますが、的確な診断に基づいて最適な治療を選択することが大切です。生活指導と併せて、薬物療法や手技、手術療法などを組み合わせて総合的に対応していく必要があります。
自律神経の神経疾患
自律神経障害に関連する主な神経疾患には、以下のようなものがあります。
純粋自律神経不全症(Pure Autonomic Failure: PAF)
原発性の慢性進行性自律神経障害で、起立性低血圧、排尿障害、便秘などの広範な自律神経症状を呈します。
症状の進行は緩徐で、他の神経症状はほとんど伴いません。
生活指導と対症療法が中心となります。
多系統萎縮症(Multiple System Atrophy: MSA)
小脳、自律神経、錐体外路系の変性を特徴とする神経変性疾患です。
起立性低血圧、排尿障害、発汗異常などの自律神経障害に加え、小脳失調、筋強剛、錐体外路症状などを呈します。
対症療法と合併症予防が重要ですが、進行性の経過をたどります。
パーキンソン病(Parkinson's disease)
黒質線条体ドパミン神経の変性による運動障害が主症状ですが、自律神経障害も合併することがあります。
排尿障害、便秘、発汗異常などの自律神経症状がみられます。
運動症状に対する薬物療法に加え、自律神経症状への対応が必要です。
糖尿病性自律神経障害
長期の糖尿病が自律神経に及ぼす影響で起こる合併症です。
胃腸障害、排尿障害、発汗異常、起立性低血圧など、多彩な自律神経症状が現れます。
血糖コントロールと自律神経症状に対する対症療法が重要です。
自律神経障害に関連するこれらの疾患では、症状に応じた適切な管理が求められます。生活指導、薬物療法、手技、手術療法など、症状に合わせて複数の治療を組み合わせる必要があります。
まとめ
自律神経障害は自律神経系の機能障害により引き起こされる多様な症状の総称であり、失神・排尿障害・発汗異常などの日常生活に大きな支障をきたす問題です。自律神経は全身の臓器を無意識のうちに制御しているため、その障害は様々な臓器の機能不全を引き起こします。しかしながら、自律神経障害の症状は各診療科の境界領域に存在するものが多く、系統的な教育の機会が少ないことから、見落とされがちな実態があります。
自律神経障害を適切に診断・治療するためには、詳細な問診による症状の経過や生活習慣の把握が極めて重要です。さらに、障害の種類に応じて様々な検査を組み合わせ、正確な診断に努める必要があります。治療に関しても、生活指導はもちろんのこと、薬物療法、手技療法、手術療法など、症状に合わせて複数の治療法を組み合わせる包括的なアプローチが求められます。
中でも発汗異常は、全身の無汗症では熱中症のリスクが高く生命に関わる重大な問題となり得ます。一方、局所的な多汗症は軽症ではあるものの、日常生活の質を著しく低下させかねません。発汗異常には適切な診断と治療が不可欠で、患者個々の症状に合わせた対処法の工夫が求められています。
自律神経障害は、単に日常生活に支障をきたすだけでなく、重篤な合併症を引き起こす可能性もあります。したがって、自律神経障害の診断と治療、そして患者の生活の質向上のための適切な対処法の確立が重要な課題となっています。
質問と回答
自律神経障害の主な症候は何ですか?
自律神経障害の主な症候には、失神などの血圧調節障害、頻尿や尿失禁などの排尿障害、便秘、発汗過多や発汗異常が含まれます。
自律神経障害の診断方法にはどのようなものがありますか?
診断には、問診が重要です。具体的には、発作の誘因を特定し、head-up tiltテストを利用して、徐脈と血圧低下を確認することが一般的です。
自律神経障害の治療に用いる薬剤にはどのようなものがありますか?
治療に用いられる薬剤には、α1受容体作動薬や循環血液量を増加させるためのフルドロコルチゾンなどがあります。しかし、β遮断薬は十分なエビデンスがないため、著者は積極的に使用していないと述べています。
発汗異常にはどのような種類がありますか?
発汗異常は、発汗亢進と発汗低下(無汗・低汗)の2つに分けられます。発汗低下の診断には、温熱発汗試験などの検査が必要です。
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