筋・筋膜性の痛みにおける神経栄養因子の働き.
序論
筋・筋膜性の痛みは非常に高い頻度で発生する一般的な症状であり、筋・筋膜性疼痛症候群や遅発性筋痛(DOMS)などの病態が含まれる。従来、この痛みの発生原因は筋の微細損傷やそれに伴う炎症が主因と考えられてきた。しかし、最近の研究から神経栄養因子、特に神経成長因子(NGF)とグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)が重要な役割を果たすことが明らかになった。これらの神経栄養因子は筋細胞や筋衛星細胞から産生され、筋の痛覚受容器である筋細径線維受容器の機械刺激に対する感受性を高める働きがある。その結果、軽度の機械的刺激でも過剰な痛覚入力が生じ、筋・筋膜性の痛みが引き起こされる。従来の筋損傷・炎症説だけでは説明できなかった筋・筋膜性の痛みについて、神経栄養因子によるこの新たな機序の発見により、その発生メカニズムの理解が大きく深まった。
神経栄養因子の働き
筋・筋膜性の痛みにおいて重要な役割を果たすのが神経栄養因子NGFとGDNFである。これらは伸張性収縮などの筋運動により筋細胞や筋衛星細胞から産生される。NGFはC線維受容器に作用し、GDNFはA-δ線維受容器に作用して、それらの機械刺激に対する感受性を高める。その結果、軽度の機械的刺激でも過剰な痛み入力が生じ、筋機械痛覚過敏が引き起こされる。これにより遅発性筋痛などの筋・筋膜性の痛みが発症すると考えられている。従来の微細損傷や炎症説では説明できなかった筋痛の発生メカニズムが、神経栄養因子の関与により明らかになった。
遅発性筋痛への関与
遅発性筋痛(DOMS)は、従来は筋損傷や炎症によるものと考えられてきましたが、最近の研究から神経栄養因子NGFとGDNFが重要な役割を果たすことが明らかになりました。DOMSの発症には、運動中に産生されるブラジキニン様物質がB2受容体を介してNGFの産生を増大させる経路と、プロスタグランジンがGDNFの産生を誘導する経路の2つがあります。これらの神経栄養因子は筋細胞や筋衛星細胞から分泌され、筋細径線維受容器の機械刺激に対する感受性を高めることで筋機械痛覚過敏を引き起こします。従来の微細損傷や炎症による説明では、このような筋の痛覚過敏メカニズムを十分に説明できませんでした。神経栄養因子の関与が明らかになったことで、DOMSの発症機序がより深く理解できるようになりました。
運動と神経栄養因子
運動は、神経成長因子(NGF)やグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)などの神経栄養因子の分泌を促進することが知られています。これらの因子は筋細胞から産生され、筋の痛覚受容器の感受性を高める働きがあります。しかし、一方で神経栄養因子は筋肉の回復にも関与していると考えられています。
適度な運動は神経栄養因子を増やすことで、筋肉の修復を助け、筋痛を和らげる効果が期待できます。リハビリテーションの現場では、適切な運動プログラムによって神経栄養因子を上手に活用することで、筋機能の向上と痛みの軽減を図ることができるでしょう。つまり、筋肉の損傷後の回復や、筋痛を伴う疾患の治療において、運動は神経栄養因子を介して重要な役割を果たすと考えられています。
結論
遅発性筋痛(DOMS)の研究により、従来の筋損傷・炎症説では説明できなかった筋・筋膜性の痛みの新たな発生メカニズムが明らかになった。神経栄養因子であるNGF(神経成長因子)とGDNF(グリア細胞由来神経栄養因子)が、筋細胞や筋衛星細胞から産生されることが分かった。これらの神経栄養因子は筋の痛覚受容器に作用し、その機械的刺激に対する感受性を高めることで、筋機械痛覚過敏を引き起こすことが明らかとなった。この発見により、筋・筋膜性の痛みの発症メカニズムがより深く理解できるようになり、従来の説明の限界を補うことができた。
この神経栄養因子の関与という新たな知見は、筋・筋膜性の痛みの治療法開発にも大きな手がかりを与えるものである。今後は、神経栄養因子の産生メカニズムをさらに詳細に解明するとともに、この知見を活かした新規の治療法の具体的な開発が重要な課題となるだろう。筋細胞や筋衛星細胞における神経栄養因子の制御を通じて、筋機械痛覚過敏を抑制する新しいアプローチが期待される。
キーワード
筋・筋膜性疼痛(Myofascial Pain): 筋肉や筋膜に関連する痛み。筋肉の過度の使用や怪我が原因で引き起こされる。
神経成長因子(Nerve Growth Factor, NGF): 神経細胞の成長と生存を促進する因子。痛みの発生にも関与し、筋細胞から産生される。
遅発性筋痛(Delayed Onset Muscle Soreness, DOMS): 運動後1-2日を経て発症する筋肉の痛み。NGFやGDNFの関与が示唆されている。
グリア細胞由来神経栄養因子(Glial Cell-Line Derived Neurotrophic Factor, GDNF): 神経細胞の成長と保護に関わる因子。筋肉の機能にも影響を及ぼす。
痛覚過敏(Hyperalgesia): 通常は痛みを感じない刺激に対しても過剰に痛みを感じる状態。筋・筋膜性疼痛の一症状である。
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