自由エネルギー原理の解説:知覚・行動・他者の思考の推論 1
自由エネルギー原理についての論文の概要
この論文は、自由エネルギー原理という脳の認知機能を説明するための理論について解説しています。この理論は、脳が外界の事象を理解し予測するために、生成モデルと呼ばれる内部モデルを利用すると仮定しています。そして、脳はこの生成モデルを最適化することで、感覚入力のサプライズ(予測誤差)を最小化していると主張しています。
生成モデルとサプライズ最小化
生成モデルとは、観測可能なデータ(感覚入力)が、観測不可能な変数(隠れ変数、パラメータ)によってどのように生成されるのかを記述するモデルです。脳はこの生成モデルを用いて、感覚入力の背後にある隠れた原因や法則性を推測しようとします。
サプライズとは、感覚入力の予測しにくさを表す指標です。脳は、生成モデルを調整することで、サプライズを最小限に抑えようとします。
知覚、行動、他者の思考の推論
この論文では、自由エネルギー原理が、脳の様々な機能を説明できる可能性があることを示唆しています。
知覚: 脳は、生成モデルを用いて感覚入力を予測し、その予測誤差を最小化するようにモデルを更新することで、外界を認識します。
行動: 脳は、行動によって将来の感覚入力を変化させ、予測しやすい状態を作り出すことで、サプライズを最小化します。
他者の思考の推論: 脳は、他者も自分と同じように生成モデルを持つと仮定し、そのモデルを推測することで、他者の思考や行動を予測します。
論文の構成
論文では、まず自由エネルギー原理の基礎概念を説明し、次に具体的なモデルとして、連続系モデルである一般化ガウシアン・フィルタリングと離散系モデルであるマルコフ決定過程を紹介しています。そして、これらのモデルが、脳内の神経活動やシナプス可塑性とどのように関連付けられるのかを議論しています。
さらに、自由エネルギー原理を拡張することで、他者の思考の推論も説明できる可能性があることを示唆しています。具体的には、他者も外界を推論するエージェントであると考え、その内部モデルを推測することで、他者の思考や行動を予測できると説明しています。
この論文は、自由エネルギー原理が、脳の認知機能を統一的に説明するための有望な理論であることを示唆しています。この理論は、知覚、行動、社会認知など、脳の様々な機能を理解するための新しい視点を提供しています。
はじめに
自由エネルギー原理は、知能を数理的に説明する理論です。この原理は「生物の目的は感覚入力の予測能力を最大化すること」であり、情報理論では「サプライズ(予測の難しさ)を最小化すること」と言い換えられます。
歴史的背景
von Helmholtz(19世紀の物理/生理学者)は、感覚が不完全であるため、脳が無意識的に推論を行い、不足した情報を補っていると考えました。
内部モデル仮説:生物は外界の力学システムを脳内に再構築し、それに基づいて推論を行います。
自由エネルギー原理の提唱
Fristonが提唱したこの原理は、脳の認知機能を統一的かつ数理的に説明するものです。
サプライズ最小化:脳は感覚入力のサプライズを最小化することで学習・推論を行い、生物の行動も将来の入力の不確実性を最小化するように決定されます。
数学的表記
サプライズは、感覚入力の負の対数尤度で表されます
ここで、( p(s|m) ) は感覚入力の真の確率分布を近似する統計モデルです。
Surprise S(s) ≡ - log p(s|m) は、感覚入力 s が、モデル m に基づいてどの程度起こりにくいか、つまり「驚き」の度合いを表す指標です。
コイン投げで考えてみる
あなたが持っているコインがあります。このコインが 普通のコイン (表裏が出る確率がそれぞれ1/2) なのか、それとも 不正なコイン (例えば、表が出る確率の方が高い) なのか、あなたは知りません。
あなたはこのコインを投げます。そして、その結果を観察します。これが 感覚入力 s にあたります。
モデル m は、コインが 普通のコインである という仮説を表すとします。
ケース1:コインを投げた結果、表が出た
もし、コインが 普通のコイン であれば、表が出る確率は 1/2 です。
この場合、p(s|m) = 1/2 となり、サプライズは S(s) = - log(1/2) ≈ 0.69 と計算されます。
ケース2:コインを投げた結果、裏が出た
もし、コインが 普通のコイン であれば、裏が出る確率も 1/2 です。
この場合も、p(s|m) = 1/2 となり、サプライズは S(s) = - log(1/2) ≈ 0.69 と計算されます。
この例では、表裏どちらの結果が出ても、サプライズは同じくらいの値になります。これは、モデル m が「普通のコイン」であると仮定しているため、「表が出る」ことと「裏が出る」ことは、どちらも同程度に予測しやすいと考えられるからです。
自由エネルギー原理の応用
この原理は、知覚学習、運動学習、強化学習、コミュニケーション、精神疾患、自己組織化など、さまざまな機能・現象をモデル化することができます。
続く
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