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マウスの社会的敗北場面を利用した心理的ストレス負荷モデル


序論

ストレスへの慢性的な曝露は、うつ病をはじめとした様々な精神疾患の発症リスクを高めることが知られています。うつ病では、抑うつ気分や興味・喜びの喪失、認知機能の低下などの精神症状に加え、睡眠障害や食欲不振、体重変化などの身体症状が特徴的に現れます。このように、ストレスはメンタルヘルスに深刻な影響を及ぼす可能性があります。

従来、ストレスと精神疾患の関係を調べる動物モデルとして、社会的敗北ストレスモデルが広く利用されてきました。しかし、この手法では身体的攻撃による苦痛を伴うため、純粋な心理的ストレスの影響を研究することは困難でした。そこで近年、同種他個体の社会的敗北場面を被験体に目撃させることで、身体的苦痛を伴わずに心理的ストレスを負荷できるモデルが開発されました。このモデルを用いることで、ヒトの精神疾患発症過程により近い状況を再現できると期待されています。

社会的敗北の目撃による心理的ストレスは、被験体の行動に大きな変化をもたらすことが分かっています。具体的には、新規の他個体に対する接近行動の低下(社会性の低下)、報酬(スクロース溶液)に対する嗜好性の低下(報酬感受性の低下)、不安様行動の増加などが観察されています。このように、心理的ストレスは様々な情動行動に影響を与えることがわかります。

社会的敗北のメカニズム

社会的敗北の目撃による心理的ストレスモデルでは、攻撃的なICRマウスのホームケージに2匹のC57BL/6マウスを侵入させます。そして、片方のC57BL/6マウスにはICRマウスからの攻撃(社会的敗北)を受けさせ、その様子をもう片方のC57BL/6マウスに目撃させることで心理的ストレスを負荷します。このストレス負荷は10分間行われ、翌日のセッションまでICRマウスとの同居飼育を続けます。この操作を10日間連続で行うと、心理的ストレス負荷マウスはストレスに関連した情動行動変化を示すようになります。

ストレス直後と1ヶ月後では、マウスの行動変化に違いが見られます。ストレス負荷直後では、全てのマウスが耐性群(resilient)と分類されますが、1ヶ月後には過半数のマウスが脆弱群(susceptible)に移行することが報告されています。この変化は、ストレスの影響が時間の経過とともに蓄積し、顕在化するためと考えられています。特に、海馬における新生神経細胞の生存率低下がストレス負荷1ヶ月後まで持続することが、行動異常の原因であると示唆されています。このように、心理的ストレスによる影響は即座に現れるだけでなく、時間とともに増悪したり遅延して発現する可能性があります。

行動変化の神経基盤

心理的ストレスは、脳内の様々な領域のネットワークに影響を与えることが明らかになっています。まず、遺伝子発現の変動が認められ、661種類の遺伝子の発現レベルが変化することが報告されています。中でも、SGK1遺伝子の発現上昇が観察されており、この遺伝子はストレスだけでなく薬物投与後にも発現が亢進することが知られています。

次に、ストレスは神経幹細胞と神経新生にも影響を及ぼします。特に海馬における新生神経細胞の生存率低下がストレス負荷から1か月後まで持続し、これが行動異常の原因となっていると示唆されています。ストレスによる神経新生の阻害は、情動行動の変化に深く関与していると考えられます。

さらに、心理的ストレスは情動行動の制御メカニズムにも作用します。ストレス負荷時や行動試験中に、報酬系の腹側被蓋野におけるドパミン神経細胞の活動性が亢進することが確認されています。一方で、この神経活動を抑制すると不安様行動が減弱しました。また、側坐核のGABA作動性神経細胞を活性化させることで、ストレスによる不安様行動が抑制されることも分かっています。これらの結果から、報酬系と不安関連の神経回路が相互に作用し、情動行動の制御に関与していることが示唆されます。

以上のように、心理的ストレスは遺伝子発現の変化、神経新生の阻害、報酬系と不安関連神経回路の変調など、様々なレベルで脳の機能に影響を及ぼすことがわかっています。これらのメカニズムが相互に関連し合うことで、ストレスによる情動行動の変容が引き起こされると考えられます。

臨床的意義

社会的敗北の目撃による心理的ストレスモデルは、うつ病研究に大きく貢献すると期待されています。従来の社会的敗北ストレスモデルでは、被験動物に身体的苦痛を伴う攻撃を受けさせるため、心理的ストレスの影響を純粋に調べることが困難でした。しかし、新しいモデルでは同種他個体の攻撃場面を目撃させるだけで、身体的苦痛なく心理的ストレスを負荷できます。この点で、ヒトのうつ病発症過程により近い状況を再現できると期待されています。

このモデルを活用することで、ストレスによる神経基盤の解明が進展し、新規治療標的の同定につながる可能性があります。実際に、反復的なストレス負荷により661種類もの遺伝子の発現レベルが変動することが明らかになっており、その中にはSGK1遺伝子のように、ストレスだけでなく薬物投与後にも発現が上昇する遺伝子も含まれています。また、腹側被蓋野のドパミン神経細胞や側坐核のGABA作動性神経細胞の活性が、心理的ストレスによる不安の亢進や不安様行動の表出に関与することも分かっています。

今後、このような社会的敗北の目撃モデルを活用することで、ストレスと情動変容のメカニズムがさらに解明され、精神疾患の新規治療薬開発が促進されることが期待されます。従来の動物モデルでは再現が難しかった、純粋な心理的ストレスの影響を調べられる点で、本モデルは構成概念妥当性に優れています。また、雌マウスでも利用可能であり、ストレス負荷中の被験体の観察が容易であるなど、様々な利点があります。身体的創傷の影響を排除できるため、うつ病と免疫応答の関連性を調べる上でも有益なツールとなることが期待されています。

結論

本研究では、社会的敗北の目撃による心理的ストレスモデルを用いて、ストレスがメンタルヘルスに及ぼす影響を調べました。その結果、ストレス負荷直後は全てのマウスが耐性群とされましたが、1ヶ月後には過半数のマウスが脆弱群に移行し、社会性の低下や不安様行動が観察されました。この行動異常の原因は、海馬における新生神経細胞の生存率低下が1ヶ月後まで持続することにあると示唆されています。また、反復的なストレス負荷により661種類の遺伝子の発現レベルが変動し、報酬系の腹側被蓋野におけるドパミン神経細胞の活動性が亢進することで、不安の亢進と不安様行動の表出が引き起こされることが分かりました。

従来の社会的敗北ストレスモデルでは、被験体に身体的攻撃による苦痛を伴うため、純粋な心理的ストレスの影響を研究することが困難でした。しかし、本研究で用いた社会的敗北の目撃による心理的ストレスモデルは、身体的苦痛を伴わずにストレスを負荷できるため、ヒトの精神疾患発症過程により近い状況を再現できると期待されています。このモデルを活用することで、ストレスと情動変容のメカニズムが更に解明され、新たな精神疾患治療薬の開発が促進されると考えられます。また、身体的創傷の影響を排除できるため、うつ病と免疫応答の関連性を調べるうえでも有益なツールとなる可能性があります。今後は、ストレスの影響が時間とともに蓄積し、脳機能に影響を及ぼすメカニズムを解明していく必要があるでしょう。

質問1: 社会的敗北がマウスに与える影響は何ですか?

回答: 社会的敗北の目撃により、心理的ストレスを負荷されたマウスでは、実際に攻撃を受けたマウスと同様に、社会性の低下、報酬感受性の低下、不安様行動の増加が見られます。さらに、長期記憶の障害や心拍数の増加、平均動脈圧の上昇といった心血管系への影響も報告されています。

質問2: どのようにしてマウスに心理的ストレスを負荷する実験がありますか?

回答: 心理的ストレスを負荷するための実験では、攻撃的なICRマウスのホームケージに2匹のC57BL/6マウスを侵入させ、片方のマウスがICRからの攻撃(社会的敗北)を受ける様子をもう片方のマウスに目撃させます。この操作を10日間続けることで、心理的ストレス負荷マウスはストレス関連の情動行動変化を示すようになります。

質問3: ストレス負荷がマウスの行動に与える影響はどのようにして評価されますか?

回答: ストレスの影響は、社会的相互作用試験を通じて評価されます。この試験では、SI ratio(標的マウス存在下での探索時間を標的マウス非存在下での探索時間で割った値)を用いて、各個体がストレスに対してどのくらい脆弱かを評価します。SI ratioが1より小さい場合は脆弱群、1より大きい場合は耐性群として分類されます。

質問4: 社会的敗北の目撃が心理的ストレスとして伝達されるメカニズムは何ですか?

回答: 社会的敗北の目撃が心理的ストレスとしての伝達メカニズムは、島皮質内のオキシトシンシグナルにより介在されると考えられています。具体的には、オキシトシン受容体を介した神経伝達が、社会的敗北目撃時の情報処理に関与していることが示唆されています。



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