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難治性疼痛の病態メカニズム


はじめに

痛みとは主観的な経験であり、組織の実際の損傷や潜在的な損傷を示す警告信号です。痛みは通常、身体を守るための適応的な役割を果たしますが、時に身体機能や社会的・心理的健康に悪影響を及ぼすこともあります。痛みの訴えは重視されるべきですが、言葉によるコミュニケーションが困難な場合でも、ヒトやその他の動物が痛みを経験している可能性は否定できません。

一方、難治性疼痛は慢性疼痛の一部で、適切な治療を行っても改善しない痛みを指します。この痛みは日常生活に支障をきたし、生活の質を著しく低下させます。さらに、うつ病や不安障害などの精神疾患のリスクを高め、社会的な孤立につながる可能性もあります。医療費の増加など、経済的な負担も大きな問題となっています。このように、難治性疼痛は生物・心理・社会的な側面に多大な影響を及ぼすため、重要な課題です。

国際疼痛学会(IASP)は、慢性疼痛を3カ月以上持続する痛みと定義し、さらに「慢性二次性疼痛」と「慢性一次性疼痛」に分類しています。前者の慢性二次性疼痛は、変形性関節症、糖尿病性神経障害、がん関連疼痛、帯状疱疹後神経痛など、器質的な原因が明確なものです。一方、慢性一次性疼痛は線維筋痛症、片頭痛、複合性局所疼痛症候群、慢性腰痛症、慢性顎関節症など、原因が明確ではない痛みを指します。慢性一次性疼痛では、神経系の感作によって痛みが増幅・持続化すると考えられています。このように、慢性疼痛には多様な病態が存在し、適切な分類と理解が重要です。

慢性疼痛の種類

慢性疼痛は大きく分けて「慢性二次性疼痛」と「慢性一次性疼痛」の2つに分類されます。

慢性二次性疼痛には、明確な器質的原因が存在します。代表例としては変形性関節症による慢性筋骨格痛や、糖尿病性神経障害による神経障害性疼痛などが挙げられます。変形性関節症では関節の変性により関節が損傷を受け、それに伴う炎症が痛みの原因となります。一方、糖尿病性神経障害では末梢神経が障害されることで神経の伝達が阻害され、しびれや痛みが生じます。このように、慢性二次性疼痛には明白な器質的要因が認められるため、その原因に対する適切な治療アプローチが可能となります。

一方、慢性一次性疼痛は原因が特定できない痛みを指します。代表例として線維筋痛症や慢性広範疼痛症が挙げられます。線維筋痛症は、全身性の慢性痛みと多発性の痛覚過敏を主症状とする疾患です。しかし、その病態はいまだ不明な点が多く、明確な器質的原因を特定することができません。慢性一次性疼痛は治療抵抗性で難治化しやすいため、難治性疼痛の概念にも含まれます。

慢性疼痛の発症や持続には、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛の3つの痛みのメカニズムが関与しています。侵害受容性疼痛は組織の実際の損傷や炎症により引き起こされる痛みで、急性期の痛みの主な要因となります。神経障害性疼痛は末梢神経や中枢神経の損傷により生じる異常な痛みです。一方、痛覚変調性疼痛は組織損傷や神経障害がなくても引き起こされる持続的な痛みで、神経系の異常が原因と考えられています。

特に慢性一次性疼痛との関連が深い痛覚変調性疼痛は、中枢神経系の可塑的変化により痛みが増幅・持続化すると考えられています。中枢神経系の感作により痛覚伝達が過剰に活性化され、痛みが長期化すると推測されています。このように、明確な原因がない慢性一次性疼痛の発症メカニズムとして、痛覚変調性疼痛の概念が注目されています。このメカニズムが慢性一次性疼痛の特徴的な難治性にも深く関与していると考えられます。

痛みのメカニズム

痛みには3つの主なメカニズムが存在します。

  1. 侵害受容性疼痛 組織の実際の損傷や炎症によって引き起こされる痛みです。侵害受容器の活性化により生じ、急性期の痛みの主な要因となります。

  2. 神経障害性疼痛 末梢神経や中枢神経の損傷により生じる異常な痛みです。神経の伝達が阻害されることで、しびれや痛みなどの神経症状が現れます。

  3. 痛覚変調性疼痛 組織損傷や神経障害がなくても引き起こされる持続的な痛みです。痛みの神経系が感作(過敏化)することで生じると考えられています。線維筋痛症などが代表例で、心理社会的ストレスなどが引き金となることもあります。中枢神経系の可塑的変化により、痛覚伝達が過剰に活性化し、痛みが長期化すると推測されています。痛覚変調性疼痛は、明確な原因が特定できないため、治療に難渋することが多くなります。

このように、痛みには様々なメカニズムが関与しており、その発症要因や病態を適切に評価することが重要です。特に難治化しやすい痛覚変調性疼痛については、身体的要因のみならず心理社会的側面からのアプローチも不可欠と考えられます。

心理社会的要因

慢性疼痛は身体的要因だけでなく、心理社会的要因も深く関わっています。長期化した痛みは不安やうつ病などの精神疾患のリスクを高め、さらに症状を増悪させる可能性があります。痛みが持続すると、痛みを避ける行動や治療への過度の依存が生じ、日常生活への支障が大きくなることがあります。このような悪循環に陥ると、症状が難治化しやすくなります。

慢性疼痛と社会環境や生活習慣との関連も指摘されています。ストレスの多い生活環境は痛みを増幅する可能性があり、また運動不足や睡眠不足、喫煙などの不健康な生活習慣も慢性疼痛のリスク因子となります。社会的孤立や経済的な問題なども、痛みの増悪や治療への影響を及ぼします。

このように、慢性疼痛は単に身体的な問題ではなく、心理社会的側面からのアプローチが不可欠です。薬物療法に加えて、認知行動療法などの心理療法やリハビリテーションなどを組み合わせた包括的な治療が重要となります。慢性疼痛の難治化を防ぐためにも、患者を取り巻く心理社会的環境への対応が欠かせません。医療者は身体的側面に加えて、患者の生活背景や心理状態にも目を向ける必要があります。心身医学的なアプローチによって、より良い痛みのコントロールが期待できるでしょう。

治療アプローチ - 薬物療法

慢性疼痛の薬物療法では、痛みの種類や原因に応じた適切な薬剤の選択が重要です。

侵害受容性疼痛や関節症、外傷後の慢性二次性筋骨格痛などには、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が第一選択薬として広く用いられています。NSAIDsには抗炎症作用があり、組織損傷や炎症による痛みを効果的に軽減します。しかし、長期使用では消化管障害などの副作用が問題となるため、注意が必要です。

一方、帯状疱疹後神経痛や糖尿病性神経障害などの神経障害性疼痛には、抗うつ薬や抗てんかん薬が処方されることが多くなります。これらの薬剤は神経の過剰な興奮を抑える作用があり、神経障害に伴う異常な痛みに効果的です。特に三環系抗うつ薬やプレガバリンなどが推奨されています。

一方、線維筋痛症や慢性広範疼痛症候群などの痛覚変調性疼痛に対しては、オピオイド鎮痛薬や上記の抗うつ薬・抗てんかん薬が用いられることがあります。これらの薬剤は中枢神経系への作用を期待して使用されますが、オピオイドでは薬物依存のリスク、抗うつ薬では重大な副作用の可能性があるため、慎重な経過観察が必要です。

このように、慢性疼痛の薬物療法では痛みの種類や病態に応じた適切な薬剤選択が重要です。一方で、難治性疼痛には単一の薬物療法では対応しきれず、痛みの程度に応じてオピオイド鎮痛薬の適応も検討されます。いずれにしても、薬物療法以外の心理療法やリハビリテーションなども組み合わせた包括的なアプローチが推奨されています。

治療アプローチ - 心理療法と身体療法

難治性疼痛の治療には、薬物療法に加えて認知行動療法(CBT)と理学療法を組み合わせたアプローチが有効とされています。CBTは心理療法の一種で、患者の痛みに対する認知の歪みを修正し、適応的な行動変容を促すことを目的としています。具体的には、痛みに関連する不合理な考え方や信念を見直し、リラクセーション技法の習得、活動性の向上などを行います。このようなアプローチにより、痛みへの対処能力が高まります。

一方の理学療法は、身体機能の維持・向上を目指す身体療法です。関節可動域運動や筋力強化運動などを実施し、痛みのある部位の保護や動作指導も行われます。理学療法により、身体機能が改善または維持されることで、日常生活での活動性が向上します。

CBTと理学療法を併用することで、心理面と身体面の両側面からアプローチが可能となり、難治性疼痛への包括的な治療が期待できます。CBTで痛みへの対処能力を高め、理学療法で身体機能を維持・向上させることで、痛みのコントロールと日常生活機能の改善が図れます。このように、心理療法と身体療法を統合したマルチモーダルなアプローチが、難治性疼痛の治療に有用であると考えられています。

治療アプローチ - リハビリテーションと代替療法

難治性疼痛の包括的な治療には、薬物療法に加えてリハビリテーションや代替療法の活用が重要視されています。リハビリテーションでは理学療法が中心的な役割を果たします。理学療法では、関節可動域運動や筋力強化運動などを実施し、痛みのある部位の保護や動作指導を行います。このようなアプローチにより、患者の身体機能が維持・向上され、日常生活での活動性が高まることが期待できます。

一方、代替療法としては鍼灸治療やマインドフルネス瞑想なども有効とされています。鍼灸治療は、経穴への刺激により身体の自然治癒力を高め、痛みの軽減に寄与します。また、マインドフルネス瞑想は、瞑想を通じて痛みへの注意を払わずに済むよう導き、精神的な緊張をほぐすことで痛みの軽減が期待できます。このように、代替療法では身体的・精神的な両面からアプローチすることが重要です。

難治性疼痛の治療においては、薬物療法に加えてリハビリテーションや代替療法を適切に組み合わせることで、より良い痛みのコントロールが期待できます。患者の生活背景や心理状態にも目を向けた包括的なアプローチが不可欠であり、医療チームによる集学的な対応が求められています。

結論

難治性疼痛は慢性疼痛の一角を占め、適切な治療を行っても改善しない痛みを指している。慢性疼痛には身体的要因のみならず、心理社会的要因も深く関わっているため、薬物療法に加えて認知行動療法やリハビリテーションなどを組み合わせた包括的なアプローチが不可欠となる。単一の治療法では対応が困難であり、痛みの知覚異常や神経の過敏化といった病態を踏まえ、心理的サポートや生活指導なども重要視される必要がある。

しかし、このような包括的な治療を実践するには多職種による医療チームの連携が不可欠であり、一定の困難が伴う。今後の展望としては、難治性疼痛の発症メカニズムのさらなる解明と、それに基づいた新規治療法の開発が期待される。また、患者個人の背景や生活環境、心理社会的要因を十分に把握し、最適な治療法を見出すことが重要な課題となるだろう。難治性疼痛は単に身体的な問題ではなく、心理社会的側面からの多角的なアプローチが不可欠である。関係職種が連携し、患者個人に合わせた治療を見出していくことが求められている。

質問と回答

  1. なぜ慢性疼痛は「3カ月以上続く痛み」と定義されているのですか?

    • 慢性疼痛は、通常、3カ月以上の期間にわたって持続する痛みとして定義されており、これは急性疼痛と区別するためです。急性疼痛は、組織の損傷に伴い一時的に発生するものであり、通常、治癒とともに軽減します。慢性疼痛は、痛みの持続が障害となり、生活の質に深刻な影響を及ぼすことがあります。

  2. 世界保健機関(WHO)や国際疼痛学会(IASP)はどのように慢性疼痛を分類していますか?

    • WHOとIASPは、慢性疼痛を「慢性二次性疼痛」と「慢性一次性疼痛」に分類しています。慢性二次性疼痛は、明確な器質的要因(例えば、変形性関節症など)がある場合を指し、慢性一次性疼痛は、器質的な原因が不明確な痛み(例えば線維筋痛症や片頭痛など)を示します。

  3. 痛覚変調性疼痛(Nociplastic Pain)とは何ですか?

    • 痛覚変調性疼痛は、侵害受容器が正常に機能していても痛みが感じられる状態を指します。これは、神経系が特定の刺激に対して過敏になることで発生するもので、通常の疼痛メカニズム(侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛)とは異なります。

  4. 難治性疼痛がなぜ発生するのか、心理社会的要因の影響について教えてください。

    • 難治性疼痛の95%のケースでは精神科的診断がつくことが多いと報告されています。これは心理的要因や生活環境が痛みの持続に関与していることを示唆しています。ストレスや不安、うつ病などが痛みを悪化させることがあるため、心理社会的な背景も考慮する必要があります。

  5. どのような治療アプローチが難治性疼痛に対して有効ですか?

    • 難治性疼痛に対しては、薬物療法、神経ブロック、リハビリテーション、心理療法、さらには代替療法などさまざまなアプローチが必要です。治療法の選択には、痛みの種類や患者の日常生活への影響を考慮し、総合的にアプローチすることが重要です。

  6. 線維筋痛症について具体的に教えてください。

    • 線維筋痛症は慢性一次性疼痛の一つであり、多くは心理的な要因(ストレスやうつなど)が引き金になることがあります。痛みの原因が明確でない場合が多く、患者の生活の質に深刻な影響を及ぼす病態です。

  7. 慢性疼痛の治療において、患者の意見はどのように考慮されるべきですか?

    • 患者の痛みの訴えは非常に重要で、治療の選択においても重視されるべきです。痛みはその人の生活に大きな影響を与えるため、患者の生活の質や痛みの強さに基づいたアプローチが必要です。

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