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脳の解剖生理

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脳の解剖生理について調べてみました
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うつ病におけるヒト手綱核画像研究

序論うつ病は、世界中で多くの人が苦しむ深刻な精神疾患です。個人の生活の質を大きく損ない、経済的な損失も招くなど、社会全体に大きな影響を与えています。しかし、うつ病の診断や治療においては、客観的な指標が不足しているため、症状が改善しない人や治療に反応しない人が多く存在します。そのため、新しい治療法の開発が急務となっています。 最近の研究では、手綱核という脳の小さな部位が、うつ病の治療に役立つ可能性が注目されています。手綱核は、脳の奥深くにある視床の上部に位置し、様々な脳領

辺縁系と自律神経系

序論自律神経系は、交感神経系と副交感神経系から成り立つ重要な神経系です。交感神経系は緊急時に活性化され、心拍数の増加、血圧上昇、代謝亢進など、生体反応を高める役割を果たします。一方、副交感神経系は休息・消化時に優位となり、心拍数の低下、消化機能の亢進など、体を落ち着かせる機能を担っています。 この2つの神経系が協調して、呼吸、循環、消化、代謝、体温調節、排尿などの内臓機能を総合的に調整することで、生体の恒常性が維持されています。 ストレスは自律神経系の活動バランスを大

心の時間を支える神経基盤

序論時間感覚は私たちの生活において重要な役割を果たします。正確に時間を認識し、過去の出来事を思い出し、年齢や季節に合わせた行動をとることは、心身の健康と成長を示す大切な指標です。時間感覚の仕組みを理解することは、脳の働きを解き明かす上で重要な課題です。時間感覚には、過去の経験に基づいて未来を予測したり、出来事の順番を記憶したり、学習を通して行動を調整したり、出来事の持続時間を推定したりといった様々な能力が含まれます。これらの能力の一部は動物にも見られることから、時間感覚は生

痛みの機能的脳画像診断

序論痛みは人それぞれに感じ方が違う、複雑で主観的な感覚です。そのため、痛みの理解は治療法の改善に欠かせません。 痛みの感じ方は、私たちの意識の状態に大きく左右されます。例えば、痛みに意識を集中すれば痛みは強くなり、意識をそらすと痛みは弱まります。この現象は、脳の中脳水道灰白質、前帯状回、前頭前野といった部位の活動と関係していると考えられています。さらに、痛みは他の人と共有できない、個人的な感覚です。人によって痛みの感じ方や表現方法は様々です。 痛みには、感覚的な側面と感

痛みの認知

序論痛みは単なる感覚ではなく、情動と深く結びついています。身体の痛みは、神経を伝って脳に送られ、様々な領域で処理されます。痛みを感じる場所は、大脳皮質ですが、その痛みに対する感情的な反応は、扁桃体や前帯状回といった脳の感情に関わる部分で生まれます。 扁桃体は、痛みによって感じる恐怖や不安を作り出し、前帯状回は、痛みによる苦痛や不快感を処理します。一方、側坐核は、喜びや快楽を感じる部分ですが、痛みによってその喜びが減ってしまうと感じさせます。また、海馬は、過去の痛みを記憶と

感情認識と島

序論感情を感じるために心と脳がどのように機能しているのかは、哲学や心理学において長年議論されてきた重要な問題です。William Jamesらは、感情における身体の変化の重要性を指摘してきましたが、近年では内受容感覚(interoception)と感情の関係性に注目が集まっています。内受容感覚とは、身体内部の様々な場所から生じる求心性の情報を指します。 先行研究では、内受容感覚の認識が感情の自覚に深く関与していることが明らかにされています。具体的には、島皮質の活動が自分

神経障害性疼痛のメカニズム

参考文献はこちら 序論 神経障害性疼痛は、ケガや病気によって神経が傷つくことで起こる、治りにくい慢性的な痛みです。単に痛みが強くなるだけでなく、軽い触りでも激痛を感じてしまうなど、異常な痛覚過敏が特徴です。この痛みは日常生活に大きな支障をきたし、うつ病や不眠症などの問題も引き起こすため、社会的に大きな課題となっています。 最近の研究では、神経障害性疼痛の発症に、アストロサイトやミクログリアと呼ばれる脳の細胞が深く関わっていることが明らかになってきました。これらの細胞は、神

「頭頂葉の機能とその神経心理学的意義」

参考文献はこちら 序論頭頂葉は大脳皮質の中央上部に位置し、前頭葉、後頭葉、側頭葉などの他の大脳連合野と密接に連携している重要な神経接合領域である。この領域には、体性感覚情報を処理する中心後回や、視空間認知などの高次機能を担う後部頭頂皮質が存在する。頭頂葉は外界の対象を認識するための視覚、聴覚、触覚、平衡感覚などの多様な感覚情報を統合し、対象のイメージ形成や操作、自己身体の認知を可能にする。このような視空間認知や多感覚統合の機能を果たすには、前頭葉や後頭葉、側頭葉などの他の大

前頭前皮質の役割と感情の関係について

前頭前皮質の基本的な役割と重要性前頭前皮質は、脳の最も前方に位置し、私たちが日常生活を送る上で欠かせない高次の認知機能を担っています。この領域は、思考や計画、判断、感情の制御といった複雑なプロセスに関与しており、適切な行動を選択するための重要な役割を果たします。例えば、前頭前皮質が正常に機能しているとき、私たちは冷静に状況を分析し、感情をコントロールしながら合理的な判断を下すことができます。反対に、この部分がうまく機能していないと、感情的な反応が抑えられなくなり、衝動的な

脳梁の基本的な解剖学

脳梁の基本的な構造と役割脳梁(Corpus Callosum)は、左右の大脳半球を結ぶ最大の神経線維束であり、約2億本もの神経繊維で構成されています。この構造は脳の中央部に位置し、左右の大脳皮質間で情報を伝達する重要な役割を果たします。脳梁がなければ、左右の脳半球が互いに情報を共有できず、私たちの行動や思考が大きく制限されてしまいます。脳梁は主に4つの部分から成り立っており、それぞれ異なる機能を持っています。トランク(幹)は脳梁の中でも最も太く、多くの神経線維が密集してい

腕傍核と扁桃体系の基本概念

腕傍核の解剖学的構造と機能 腕傍核(Nucleus accumbens)は、大脳辺縁系の一部であり、主に快楽や報酬に関連する情動処理において重要な役割を果たします。この領域は前脳基底部に位置し、腹側被蓋野(VTA: Ventral Tegmental Area)や扁桃体、前頭前野皮質と密接な神経回路で結ばれています。腕傍核は、快感や満足感を生み出すためにドーパミン系と強く関連しており、特に生存に不可欠な行動を強化する仕組みとして機能します。例えば、食べ物や性的接触などの

行動と感情の関係の重要性

はじめに行動と感情の関係は、私たちの日常生活において非常に重要なテーマです。特に、脳の解剖学的構造がこの関係にどのような影響を与えているかを理解することは、心理学や神経科学の分野で大きな注目を集めています。ここでは、行動と感情のつながりについて、主要な脳領域を中心にさらに詳しく掘り下げて解説します。 私たちの行動は、感情に大きく依存しています。たとえば、恐怖を感じると逃げるという反応が一般的ですが、これは脳内で感情処理が瞬時に進行するためです。感情は意思決定や行動選択に直結し

帯状回皮質と島皮質系の基本概念

概要 帯状回皮質と島皮質系は、痛みの認知と情動の処理において中心的な役割を果たします。帯状回皮質は、感情や認知に関連する情報を統合し、痛みの感覚を処理する際に情動的な反応を引き起こします。一方、島皮質は身体の内的状態を認識し、痛みの感覚と情動を結びつける重要な役割を担っています。これらの領域の相互作用は、痛みの体験をより深く理解するための鍵となります。 痛みのメカニズムは、神経伝達物質や受容体の相互作用によって調節されます。痛みの信号は、末梢神経から脊髄を経て脳に伝達され

痛覚変調性疼痛の概要

概要痛覚変調性疼痛は、組織損傷の証拠がなくても発生する痛みであり、体の感覚メカニズムに影響を及ぼします。この痛みは、神経系が通常の信号を誤認することで引き起こされ、慢性的な症状として知られています。このような痛みは、線維筋痛症や慢性疲労症候群などの状態でよく見られます。中枢性感作と呼ばれる現象が関連しており、これは中枢神経内のニューロンの反応性が高まり、痛みの感受性が増すことを意味します。 心理的要因や社会的ストレスも、痛みの強さを増幅させる一因となります。これらの要素は