オレンジのブラ

 ちょっとドラッグストア行ってくるね。有希子はコートを羽織りながらそう言って、シングルベッドの上でまだまどろむ俺を残して部屋を出て行った。玄関の鍵が外から閉められる音がする。ブラしてかなかったのか。昨日の夜、俺が有希子の身体から外したブラジャーが枕元に残されているのが視野の片隅にちらついて、そんなどうでもいいことを俺は思った。黄色っぽい色のベースの生地に、オレンジ系の色の装飾がついているそのひらひらした布切れをつまみあげて、俺はなんとなくその匂いを嗅いだ。有希子の匂いと、洗剤の匂いが混ざったいい匂いがした。まだ眠かったし、土曜日の朝だから、俺はもう一度眠るつもりだった。布団をかぶっているとはいえ、むき出しの肩が寒い。ゴソゴソと布団の中を探り、昨日脱いだTシャツがマットレスと壁の隙間に挟まっていたのを見つけ出して袖を通した。襟口に顔を通すときに、有希子の使っている洗剤と、俺の匂いがした。自分のiPhoneを探してあたりを見回したが枕元のテーブルの上にはなくて、仕方なく布団から這い出て部屋の中を見回して、隣の部屋のダイニングテーブルの上においてあったのを見つけた。iPhoneを掴むと、そのまま布団に戻って枕元の充電ケーブルを差し込んだ。いくつかのメッセージの着信通知が画面に出ていたが、開かないでおいた。iPhoneの時計は九時五七分を示している。腹が減っている気がしたが、それは有希子が帰るのを待つことにして、もう一度すっぽりと布団に包まった。うっすらと茶色い有希子の髪の毛が枕に残っているのが鼻先に見えた。眠ろうと思っていたのに、なんだか頭のどこかにもやもやと引っかかる違和感があって、目を閉じて、眠ろうと思えば思うほどに目が冴えてくるような気がした。その違和感の正体を、まだ寝起きのぼんやりとした脳で探ろうとしたが、それがなんなのかは、すぐにはわからなかった。昨日の夜、本当は自分の家に帰るつもりだったのだが、夜遅くに有希子からラインが来て、ちょうど近くに俺がいたこともあって、そのまま有希子の部屋に泊まった。有希子と寝るようになって二ヶ月くらいが経つが、いつもと変わらない普通の夜だった。部屋に上がると有希子は濡れた髪にタオルを巻いてビールを飲んでいた。有希子は俺よりも五歳年上だが、女としての成熟と若さが交差するというような年頃で、ふとした仕草が艶っぽく見えたりする。ほんのり朱い頬で、風呂上りにビールを飲んでいる姿も、俺にはなんだか妙に艶っぽく思えた。もうすっかり春とはいえまだ朝晩は肌寒く、部屋は暖房がついていて、有希子はTシャツ姿だった。有希子はダイニングテーブルのところに座っていて、その向こうでは低い音量でテレビがついている。有希子はあまり真剣にテレビを見てはいないようで、俺が来ると笑顔で迎え入れてくれた。ジャケットを脱ぎながら俺も冷蔵庫からビールを出して、プルタブを引いた。有希子の背中に、Tシャツ越しにブラのストラップが浮き上がって見えた。白いTシャツなので、オレンジ色のストラップのブラだということがわかった。それからしばらくビールを飲みながら他愛のないことを話したのだが、ふと会話が途切れたときに、テレビの中の声が部屋に響いた。名前は知らないがたまに顔を見かける、それなりに世間的には有名な中堅のお笑いタレントが、先週急逝した国民的コメディアンについて語っていた。そのコメディアンは、日本人なら知らない人はいない、というくらいに有名な人物で、一九七〇年頃から第一線で活躍し続けてきた人だった。誰もがまさかいま死ぬとは思っていなかったタイミングで、先週、その死が報じられた。特別な大ファンというわけではなかったが、子供の頃からテレビではよく見かけていたし、顔を白く塗った愚かな殿様が暴れる有名なコント番組はもちろん俺も何度も見たことがあった。その日、スマホの画面に表示された、コメディアンの死を報じるニュースを見たとき、俺は自分でも信じられないような大きな喪失感を感じた。世界中で大流行している新型のコロナウィルスによる感染症にそのコメディアンも罹患しているというニュースを知ってはいたが、まさか死ぬことになるとは思っていなかったし、当人も含めて、ほどんど誰しもがそうは思っていなかっただろう。しばらくして元気になってまたテレビに登場するのだろうと思っていたので、そのニュースもそうあまり気にしてはいなかった。それだけに、その反動もあるのだろうか、信じられないくらいに大きな喪失感を俺は感じていた。関連するニュース記事を読み進めると、コメディアンとしての信条を貫くため、いままでは頑なに辞退し続けていた役者としての仕事を、七〇歳になった今年からついに本格的に引き受けるようになって、主演する映画の仕事や、NHKの朝ドラの出演が決まってたことなどが書かれていた。その矢先の死ということを思うと、虚しくてやり切れない気持ちになったし、主演する映画を観てみたかったと、心から強く思った。ふと、数年前にやっていた缶チューハイのコマーシャルに出演していた姿を思い出して、動画を検索すると、和服姿で三味線を弾いている映像が出てきた。その動画に登場する真剣な表情の彼は、いつものおちゃらけたコメディアンとしての顔の対局とも言える姿で、そのコマーシャルの動画をみているうちに気がついたら俺の頬を涙が伝っていた。真剣な眼差しで三味線を弾く手元を見つめ、演奏の合間でハッという掛け声を入れるその映像の中の彼の姿に、胸が熱くなるのを感じた。きっと、こんな感じで映画にも出たのだろうかと思うと、もうこういう姿を見ることができなくなったのだと改めて気づいて、何かの間違えであってくれたらよかったのにと思った。その日から一週間近くが経ち、どういうわけか、俺は悲しみよりも怒りを覚えるようになったことに気がついた。ウィルスが憎いのはもちろんだが、本当に憎むべきは無知や無関心だと思った。真実というものは、知りたいと思ったら、知ろうとしたら、簡単に知ることができるというような代物ではない。だから、より精度の高い情報、より真実に近い情報というものは、強く求めなければ、ホイホイと手に入ることはない。この感染症が流行り始めたばかりのころ、それがまだ一部の人だけの関心事だったころ、もしも、彼の周りの付き人が、彼本人が、もう少しだけ流行り始めたばかりの新しい感染症に対して危機感を持っていたとしたら、このようなことにはならなかったのかも知れない。死んだ人を悪く言うつもりは毛頭ないし、過ぎてしまったことをどうこう言っても仕方がないし、何よりも、日本の現代文化にとって重要な人を失ってしまったことの喪失感がいまは一番大きい。だが、もしも、本人の既往歴などから、彼が十分にハイリスク者に該当しているということを考慮し、あとほんと少しだけでも、感染の可能性のある場への参加などを控えていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。そう思うと、ただただ悔しさと虚しさがあとに残るだけだったし、思ったところでどうにもならないのはもちろんわかっていた。有希子がゆっくりと飲んでいた缶ビールを飲み終わる頃、俺もちょうどビールが無くなって、俺たちはそのままベッドに入った。あした朝、ドラッグストア行かなくちゃ、朝なら買えると思うから、トイレットペーパー。眠りに落ちる寸前に、有希子がそう言ったのが聞こえた。ドラッグストアの開店時間に間に合うように合わせてなのだろう、枕元の携帯でアラームをセットしているのが有希子の身体の動きから伝わってくる。俺の携帯はテーブルの上に置きっぱなしだった。トイレットペーパーならまだ十分たくさんあるじゃん。そう言おうかと思ったが、セックスのあとの気だるさと眠さのせいもあって、俺はそのまま眠ってしまった。それで翌朝予定通りに起きて、有希子はドラッグストアに行った。俺は結局その後もどうしてもうまく二度寝することができなくて、布団をめくって、腕を伸ばしてスマホの画面を点灯させた。十時十四分と時間が表示されていた。買えたよ! その時ちょうど有希子からそう書かれたラインが届いて、俺は思い出すようにして、違和感の正体に気付いた。べつにトイレットペーパーを買うことが悪いわけではない。無いよりもあったほうがいいのは確かだし、買えなくなると困るので、買えるのならば買ったほうがいいだろう。でも、未開封が丸々ひとパックと、バラが数ロール、有希子のマンションのトイレの戸棚には、間違いなく在庫されていた。たまに俺が泊まりにくるとはいえ、一人暮らしの部屋に、そんなにトイレットペーパーが必要なのだろうか。有希子のことは好きだし、身体の相性もそう悪くはない。俺の生き方とかライフスタイルにもそれなりに共感を示してくれるし、話していて面白いと思うことも多い。もちろん、違う人間なんだから、絶望的に噛み合わない部分だて、あって当然だし、それがまったくない、ということもまず無いだろうとは思う。でも、他の部分でなまじ居心地がいいだけに、こういった行為や事象の向こう側にある、ある種の噛み合わなさのようなものに直面したときに、急に心を穏やかに保つことができなくなってしまう。オイルショックも渋滞もなんでもそうだが、社会の仕組みをちょっと考えればわかることだ。必要ないものを必要以上にみんなが買い占めるから品薄が発生したり、前の人が踏んだ意味のないブレーキにつられて後ろに続く人がブレーキの連鎖を生み出したりしている。愚か、という言葉で簡単に片付けることができるほどシンプルではないのはわかっている。たとえまだ少し余裕があったとしても、なくなるかも知れないという不安にさらされることを考えたら、目覚ましで起きてでも買いに行きたいのかもしれないし、そのまま前の人にぶつかったりはしないとわかっていても、念の為ブレーキを踏んでしまうのかもしれない。男女の違いだってあるだろう。不安やストレスに対する考え方は、そうたやすく男女で横並ぶものではない。子供を守り家庭を守るメスと、狩りをして資産を増やそうとするオス、という構造は、時代がどんなに変わって、男女は平等なのだと謳われるようになっても、男の身体が子を産むことができるようになったりしない限り、本質的には変わることがないような気がする。まだたくさんあるトイレットペーパーを買いに行った有希子の姿に、心から萎えたし、ゲンナリした気がした。それでも、有希子は変わらず有希子だし、必要以上に買い占めることの愚かさを俺が説いたところで、たぶんどうにかなるわけでもない。できればそういうような目線が近い相手であるに越したことはないが、そこがたとえ少しズレていたとしても、だからといってやっていけないというわけではない。天井をぼんやりと見ながら少しだけ冷静さを取り戻したら、そんなふうに、いろいろなことが、全ては仕方のないことだったのかもしれない、というように思えてきた。なんとなく枕元に置いてあったブラの匂いを手にとってもう一度嗅いでいたら、玄関の鍵が開く音がした。俺はベッドから這い出て、ダイニングテーブルの上に置いたままになっていた昨日の夜のビールの空き缶をキッチンの流しに運んだ。玄関の方を見ると、パジャマの上にコートを羽織って、マスクをした有希子が玄関に立っていた。右手には鍵とトイレットペーパーを、左手には食パンが入ったパン屋の袋と財布が入っているトートバッグを下げている。廊下の床が裸足の足の裏に冷たかった。コートを着て靴を履いたままの有希子の身体を、俺は何も言わないで強く、強く、抱きしめた。有希子がいまどんな表情をしているのかを脳裏で想像してみたが、わからなかった。

(2020/04/04 12:59)

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