Aki
習作、1段落で完結する物語、性描写等が苦手な方は #エロくない やつをどうぞ。Follow me, please! フィクションです。実在の人物や団体、出来事などとは一切無関係です。
何日か前からその予兆はあったとはいえ、その朝、外に出たら、急に気候が変わっていた。ちょっと涼しくなってきたとはいえ昼間はまだまだちょっと動いたら汗ばんでくる、というような気候から打って変わって、すっかり秋の匂いになっていた。家を出て、仕事場の倉庫に着くと、築五十年は経つだろうという倉庫の建物の中の匂いさえ、違っていた。木造の建築物なので、気温が高く、湿度が高いと、建物の中に入ると、むわっとした古い建物特有の匂いが漂っている。それがまったくなくなって、爽やかとさえ表せるよう
あれは何年前のことになるのだろうか。当時付き合っていた彼と、旅行に行った。二人で行く初めての旅行だったと思う。わたしはまだ24歳とかそういう年齢で、彼はわたしよりも何歳か上で28とかそのくらいだったと思う。もちろんわたしは結婚していなくて、まだ夫も子供もいなかった。その彼とは、偶然が重なって、わたしの方から好きになって、仲良くしているうちに、なんとなく付き合うことになった。まだ付き合ってまもない頃の旅行だったので、一緒にどこか遠くへ行ける、というだけで楽しかった。彼は車を持
教授が音響の監修をした映画館に、教授のラストライブを観に来た。限定上映だったので、なんとか期間内に来なければ、とちょっと無理をして、そして、多めに駐車代を支払って、来た。 平置きの駐車場に車を置きたかったのだが、東急歌舞伎町タワーの駐車場は機械式だった上に現金とパスモでしか支払いができない、というよくわからない仕様だったのでやめて、700円割高となる、タイムズの平置きの広い駐車場に車を置いた。夕方にさしかかろうという時刻だったが、昼下がりから降り始めたひどい雨であたりは
正月だから、という奇妙な理由で、東京湾に船で浮かんでいた。かつての東京の正月は、もっと静かだったような気がする。都内に残る人が少なかったせいか、道路も店もガラガラだったり、そもそもどこも営業していなかったりしたのだが、いつからか、正月とて都内の道路はそれなりに混んでいるし、お店も大行列だったりするようなことが増えたような気がする。六人も乗ればいっぱいになってしまうような小型のプレジャーボートで、若洲から海に出た。船長は妹で、ガソリンを入れるための携行缶を貸して欲しい、と言わ
それは、南千葉の山奥のモーテルだった。モーテル、という時代掛った響きの呼び名がふさわしいような場所だった。一般的にはラブホと言われている、要はセックスをするための宿で、開業にはいろいろと規制があり、いまから新しく住宅街の中に作ったりすることは多分できないようになっている。だから、大抵はよくわからない辺鄙なところにポツンと建っていたりすることが多いのだが、この宿も、例に漏れず、なかなかの山奥に建っていた。敷地に入ってすぐに、高速の料金所のようなゲートがあり、そこで鍵の受け渡し
あの、これ、いります? 気がついたらそう声に出していた。その女は、四人掛けのテーブルを真ん中で仕切るアクリル製の透明の板越しに、俺の目をしっかりと見ていた。口にした自分の声が、まるで他人の声のように聞こえた。あまり深く考えることもなく言葉は音となり俺が何かを考えるのよりも先にそれはアクリル板を飛び越えて、そして女に届いていた。え、いや、あの、いらないです。女は少し戸惑った様子を見せて、そう返事をした。なら別に、いや、ずっと見てるから、その、欲しいのかな、と思って。女は俺より
セキュリティという概念は、当たり前だが、外部からの侵入を防ぐために存在する。しかし、それと同時に、認証外の人間が出ることをも防ぐものであることを、真夜中のホテルで俺は思い知らされることとなった。無料のバーラウンジで焼酎が飲み放題な上に、二十四時までは温泉にも入り放題、というのが売りのホテルに泊まっていたのだが、夕飯を外の店で食べて、一杯だけ焼酎を飲んで部屋に戻ると、俺はそのまま眠ってしまった。エアコンの乾いた風でヒリヒリと乾燥する喉に目を覚ますと、焼酎バーも温泉も営業が終わ
大浴場の方ですが、夜は二十三時まで、朝は六時からとなりますので。フロントの中年男はそう言ってルームキーを差し出してきた。カウンターの向こう、男の背後にある時計を見ると、ちょうど二十三時になったところだった。あの、もう無理ですよね、お風呂って。ダメ元で聞いてみると、男は振り返って時計を見て、二十三時でることを確認した。あ、まだ大丈夫ですよ、閉めてないんで、ささっとお願いしますね。どういう理屈なのかはわからないが、大丈夫とのことだったので、俺は部屋に荷物を置くと、すぐに風呂に向
鮮やかなオレンジの花弁がわたしのことを見張っているような気がした。見守っているのではなく、見張っているのだ。たとえば家の近所の道端に咲いているノウゼンカズラだが、同じ道を同じように去年の夏も通っているはずなのに、そこにノウゼンカズラが咲いていたという記憶がない。その一箇所だけの話ではなく、いろいろな街のいろいろな道路で、ふとその鮮やかなオレンジ色がわたしの視界にチラつき、そしてわたしはそこにノウゼンカズラが咲いているという事実を認めざるを得なくなる。はじめは、ブーゲンビリア
夏の始まりだったか、あるいは終わりだったか、そのあたりの記憶が定かでは無いのだが、その蕎麦を結衣と二人で食べたことは、確かに記憶にある。季節限定のメニューとして販売される、めかぶそばと山芋そばを確かにふたり並んでこの店で食べた。結衣が山芋そばを頼んで、俺がめかぶそばを頼んだこともはっきりと覚えている。どちらの蕎麦もアクセントに練り梅が添えられていて、梅を溶かしながら食べるのが美味しかった。それぞれのそばを突きながら、結衣はわたしもめかぶそばにすればよかった、と呟いた。山芋そ
へえー、ゴーヤの中ってそんななってんだ。ゴーヤのワタをスプーンで取っていたら、通り過ぎざまにシンクの上のわたしの手元を覗き込んだマサルがおどろいたような声を上げた。俺さ、ゴーヤってさ、考えてみると、料理の途中の姿見るの、初めてかも、スーパーに並んでるのと、料理になったのしか見たことなかった気がするわ。そう言ってマサルはわたしの肩に一度自分の顎を乗せてから、さりげなくわたしの髪に顔を埋め、わざとらしくわたしの匂いを嗅いで、わたしの後ろのキッチンの狭い隙間を通り過ぎた。ねぇなん
夫になる、はずの人だった。口約束だけしかしていなかったとはいえ、結婚することを約束し合った相手だった。そう、本当にこの人と結婚するのだとわたしだって心から信じていた、はずだった。別れは唐突に訪れ、そしてそれは想像していたよりもずっとずっと穏やかな別れだった。別れの予感が全くなかったというわけでもなかったのだが、もし別れることになるとすれば、それなりに荒れた別れになるだろうとは想像していたので、それはもう拍子抜けしてしまいそうなくらいには静かな別れだった。最後に彼と会って別れ
ハッピードリンクショップ。車が優に三台くらいは停まれるだろうという広さの駐車場のような空き地に、自動販売機がいくつか並んでいる。その横には縦長の看板が道路に面して掲げられていて、そう書かれていた。ハッピードリンクショップ。紺色の地に、黄色の文字が配されていて、目立つ看板だが、内側から光っているわけではないので、あたりが暗いとそれなりに近づかないと文字を読むことはできない。以前ネットで調べたら、山梨と長野を中心としたエリアに展開されているという事業のブランド名だった。自動販売
家の近所に空き地がある。わたしがいまのマンションに引っ越してきてもう三年位が経つが、わたしが引っ越してきたときには既に空き地になっていた。都心のど真ん中ではないにせよ、二十三区内のそこそこには人気のエリアにわたしの住んでいるマンションはあるので、家の近所に空き地があることに気が付いたときはちょっとだけ驚いた。建物を取り壊して、それから次にマンションを建てたりするまでの間に、一時的に空き地になっているというようなことは、ままあるだろうが、数年にわたって、誰にもなんにも使われず
電話を切ると、画面に表示された時刻は二十一時を数分過ぎたところだった。上司からの電話はいつも突然にかかってくるので、家にいるときは必ず出られるようにしていなければならない。上司は八王子に住んでいて、上司からの電話を切ると、私はすぐに身支度をして家を出た。もう四月だというのに夜はまだまだ寒く、玄関の鍵をかけながら身震いがして、私はあわててコートのボタンを全部とめた。世田谷にある私のアパートから八王子までは電車で一時間とすこしかかる。新型コロナウィルスが流行するようになってから
何度かうとうとと眠りかけたが結局眠れなくて、仕方なくベッドからひとりそっと抜け出した。ベッドサイドの台の上で充電してあったわたしのスマホを手に取り画面を確認すると、もうすぐ四時になろうとしているところだった。ベッドの中のサトルはしずかに寝息を立てて眠っている。部屋にはちょうどよく暖房が効いていて、布団から出ても寒くはなかった。うっすらとついたままの照明のもとで、枕もとに散らばっている下着を探した。撚れて縮まったショーツを広げて足を通した。ブラを付けていなくてもそう居心地が悪