上司

 電話を切ると、画面に表示された時刻は二十一時を数分過ぎたところだった。上司からの電話はいつも突然にかかってくるので、家にいるときは必ず出られるようにしていなければならない。上司は八王子に住んでいて、上司からの電話を切ると、私はすぐに身支度をして家を出た。もう四月だというのに夜はまだまだ寒く、玄関の鍵をかけながら身震いがして、私はあわててコートのボタンを全部とめた。世田谷にある私のアパートから八王子までは電車で一時間とすこしかかる。新型コロナウィルスが流行するようになってから、私の移動手段については上司とも相談した。タクシーによる移動も検討されたが、運転手と二人で密閉空間にいることのリスクを考えると、そう混んでいない電車に乗るほうがよほど安全だし、もしタクシーを使うのであればタクシー代の一部を私が自己負担しなければならないということもあって、コロナウィルスの流行後もそれまでと変わらずに電車で移動することとなった。駅までの道も以前からは考えられないほどに人通りが少ない。もともと支線として開業した私鉄のマイナーな路線ということもあり、私の使う駅は以前からも都心部の駅のような混み方はしていなかったが、このコロナ騒動が始まってからは、多くの勤め人がリモートワークになったこともあり、かなり人が減った。私が駅を使うのも、いまは上司の家に行くときくらいしか機会がない。駅のホームで電車を待ちながら、音楽を聴こうとイヤホンを耳につけると、片方から音が聞こえなくて、断線していたことを思い出した。新しいイヤホンを買わなければならないことをすっかり忘れていたことに気づき、手帳にメモしておこうと思った。バッグの中を探したが手帳が見当たらなくて、ここになければ家にあるとしか思えなかったが、家をでかけるときにあたりで見かけた覚えはなく、もしかするとまた失くしてしまったのかもしれないと思った。手帳を紛失するのはたぶん私の人生で五冊目くらいになるような気がする。まだ失くしたと決まったわけではなかったが、今年に入ってからの四ヶ月の自分の足取りの軌跡が消えてしまったようで、急に寂しい気持ちになった。レースの模様がついた紺色の生地のスカートに覆われた自分の膝を眺めながら電車を待っていると、三両編成の電車がホームに滑り込んでくるのが見えて、それを見て、ふと、このまま家に戻りたくなった。家に戻って手帳を探したい、手帳を探さなければならない、そんな気がした。そうすれば上司のところにも行かなくて済むし、どちらかといえば行きたくないと思う気がしたが、私の身体は意識とは裏腹にベンチから立ち上がっていて、次に気がついたら電車に乗り込んでいた。車内は空いていて、隣の乗客との間に十分に距離をとってシートに腰を降ろした。電車が空いていて助かったと思った。ウィルスの感染リスクももちろん怖いが、それよりも反対の席の人からスカートの中を見られないかと、いつもだったらいまごろヒヤヒヤしていたことだろう。ショーツを履いていないこととか、タンポンの紐が垂れていることとかを他の乗客に見られやしないか、いつも気がかりだった。上司からの命令で、上司の家に行くときは下着をつけずにスカートを履いていくことが決まりとなっている。なるべく長めの丈のスカートを履くようにしているが、下着をつけずに出歩いていると股がスースーと冷たい。タイツを履くこともできないので長めの靴下を履いているが、やはりなんだか冷える気がする。片耳からしか音の聞こえないイヤホンをつけて、何度か電車を乗り継ぎ、うとうとしていたら気がついたら電車が八王子に着こうとしているところで、慌てて飛び起きて降りた。ひと気のない住宅街を歩いて通い慣れた上司の家への道を辿る。歩みを進めるたびにスカートの裾から冷気が入ってきて冷たかった。ベルを鳴らすとインターホンから上司の声が聞こえて、待つように言われた。数分そのまま玄関の前で立ち尽くしていると、突然ドアが空いて上司が出てきて、家に入るようにと言われた。上司は湯上がりのようで、薄いピンク色のバスローブに身を包んでいて、ショートカットの髪はまだ濡れていた。家の中は程よく暖房で暖められていて、外が寒かったので私はほっとした。上司の命令無しで動いてはいけないことになっているので、私はそのまま玄関に立ち尽くした。上がりなさい。上司に命じられて私は靴を脱いで玄関ホールに上がった。上司の次の命令を待って私はまたそのまま立ち尽くした。命令に従わない行動があるとのその分あとでお仕置きを受けることになるので、私は慎重に命令に耳を傾ける。脱ぎなさい。その命令に従って、いつものように私は服をすべて脱ぎ、玄関ホールに置いてある椅子の上に脱いだ服を重ねた。上司はドア枠に凭れて私が服を脱ぐ様子を見ていた。私が呼ばれるときはいつもそうだが、上司の夫は今夜は家にはいない様子だった。大理石の床が裸足の足の裏に冷たかった。全裸で立ち尽くしていると、上司は除菌スプレーを持ってきて私の全身に振りかけ、それから私の前にしゃがんだ。タンポンを入れるようにとは命じられていないが、入れることの許可はもらっていた。今日も途中の乗り換え駅のトイレでタンポンを入れた。垂れている紐を手に取り、いつ入れたのかを上司は私に訊いた。駅の名前を私が答えている最中に紐を引っ張られてタンポンを引き抜かれた。タンポンの紐はぬらぬらと濡れていて、上司の指先も私の液で濡れて光っていた。電車の振動とか、見られているかもしれないということとか、上司の家に行ってからすることを想像したりすると、いつからか移動している間に濡れすぎるようになってしまい、下着をつけていないのでナプキンをあてることもできないし、タンポンをいれるようになった。タンポンがどれくらい効果があるのかはわからないし、タンポンをしていても太ももの内側が濡れることもあるが、半ば癖のようになっていて、上司の家に行くときは生理でもないのにタンポンを入れることが習慣になっていた。以前、生理だと言って上司の呼び出しを断ろうとしたら、それでも来るように言われて、嘘がバレてひどいお仕置きを受けたことがあった。それからは、生理の時の呼び出しは、下着をつけて来ることが許されるようになったが、本当に生理なのかを必ず確かめられるので、もちろん嘘をつくことはできないようになっている。私から引き抜いたタンポンを上司はそのまま私の口の中にねじ込むと、すたすたと部屋の奥へと消えて言った。私は命令がなかったのでそのまま立ち尽くしている。来なさい。上司の命令が聞こえて、私は奥の部屋に進んだ。そこに。と上司が指差した先には畳半畳くらいの、私専用のオレンジ色のやわらかいマットが敷いてあって、上司に尻が見える向きでいつものように私はそこに四つん這いになった。うずらの卵のような大きさと形のアレを私の中に上司はうずめて、そこから伸びるコードの先のリモコンのスイッチを入れた。なにか液体を注いだ音と、紙の擦れる音がした。ほんの一瞬、上司の方に目をやると、上司は経済新聞を読みながら赤ワインを飲んでいた。ちょっと。首を前に戻すや否や、勝手に動いたことを咎める上司の声が聞こえて、それから椅子の脚が床の上でズレて席を立つ音がして、そして風を切るような音が聞こえて背中に鋭い痛みが走った。ネット通販で買ったというエスエム用のムチで、跡が残りにくいが、適度な痛みと音がするものなのだといつか上司が説明してくれた。基本的な私へのお仕置きはそのムチで打たれることで、会社で仕事をしているときも、私は自分がなにかミスをすると、上司にムチで打たれるような気がして、背筋がビクンとなるようになってしまった。身体の中にうずめられた物体の、振動の強弱が変わるリズムで頭の奥が白くなる。思わず声を出してしまい、またムチで打たれた。命令無く動いたり声を出したりするとムチで打たれる。そのあとも、もじもじと身震いをしてしまい、尻をムチで打たれたりした。上司が新聞を読み終わるまでそれは続いて、はっきりとは覚えていないが、私は多分全部で二十回くらいはムチで打たれた。ダラダラと股から垂れる液体で、部屋は暖房で暖かいとはいえ、太ももの内側が冷たかった。やすみなさい。新聞を畳む音がして、上司のその声掛けで私は仰向けに横になることを許された。アレの振動は続いていて、いけそうでいけない絶妙な強さとリズムで、私は身体をくねくねとよじらせるしかなかった。呼吸が乱れていて、目を瞑ると昔実家にあった古いテレビの砂嵐の画面のようだった。床についていた手のひらと膝が僅かに痛んで、見ればたぶん皮膚が赤くなっていたのだろうと思うが、首を起こしたり、手を持ち上げたりして見るような余裕がなかったし、そういうようなことを考えたりする余裕さえもその時の私にはなかった。唾液をたっぷりと吸ったタンポンが口の中で膨らんでいて呼吸がしにくかった。それを察してくれたのか、コードを引っ張ってアレを私の体内から取り出してから、乱暴に私の口を開かせてぶよぶよに膨らんだタンポンを取り出し、少しだけ眺めてから、私の脚を開いて、上司はすかさずそれを私の股の間にねじ込んだ。硬さを失い膨らんだタンポンは、すんなりとは入らなかったが、私が充分に濡れて広がっていたので結局、奥まで入ってしまったようだった。電源の入ったままのアレが床の上で振動していて、上司はリモコンを手にとってスイッチを消した。上司が台所の方にいなくなり、私はそのまま眠りそうになってしまった。目を閉じて意識が薄れていくのを感じていると、上司の声がして、うつ伏せになって尻を突き出すポーズをするように言われ、肛門にシリンジを挿入されて生ぬるい液体を注入された。そのまま風呂場に連れて行かれ、手首を縛って壁のフックに吊るされ、お湯が抜かれた浴槽の中に私は立たされた。あなたはブスで無能で頭が悪くて要領も悪くて、谷本のバカが雇ってしまったからわたしはあなたを雇わないといけなくて、あなたはあなたのことを管理している私の身になったことが一度でもあるのか、自分がどれだけブスで無能でヤクタタズなのかあなたは全然わかっていないからこうして私が時間を作ってそのことをあなたに教えないといけないということをちゃんとわかっているのか、あなたは本当にヤクタタズでここまでヤクタタズな人もずいぶん珍しいということをたぶん知らないと思うけど、あなたはとにかくヤクタタズなの。そういうようなことを顔を赤くしながら私に向かって浴室に声を響かせて上司は叫んだ。途中で私はヤクタタズという言葉の意味がわからなくなってしまい、ヤクタタズ、yakutatazu、というような文字列としてそれが耳に入ってきているような気がして、そのことがなんだか少しおかしく思えそうになって笑いそうになってしまい、それに気付いた上司に平手で頬を打たれたが、そのうちに強烈な腹痛が襲ってきて、できるだけ耐えようと頑張ったがやはり耐えられなくて、しばらく身悶えていよいよ耐えきれなくなって来た時に上司に股からスポンとタンポンを引き抜かれて、それと殆ど同時に肛門の中にあった汚れた液体をすべて出してしまった。諦めてお腹の中のものを立ったまま浴槽にすべて出しつくしていると、手首の紐をほどかれて、掃除用具を渡されて、私は全裸のまま浴槽を掃除した。風呂場と自分の身体を綺麗に洗い終えると、どっと疲れがでて、クラクラとめまいがしそうになったが、掃除が終わったことを上司に報告して、きちんと掃除できているかの確認を受けるまでなんとか堪えて立っていると、上司のオーケーが出て、バスタオルと首輪を渡された。ふわふわと柔らかく、いい匂いのタオルだった。首輪は本革製で、私の名前が彫ってある。身体を拭いて首輪をつけると、上司の命令に従ってベッドルームに向かった。ベッドルームは明かりが落としてあり、枕元のランプにうっすらと輪郭が浮かびあがってシルエットの世界のようになっていた。上司は一人がけのソファの上に膝を抱えて座って、私のことを待っていてくれていた。近くに来るよう手招きされているのが見え、傍に歩むと手首を掴んで身体を引き寄せられ、上司はそっと私の唇にキスをしてくれた。ほのかにワインのアルコールが香るキスだった。私の目をまじまじと見つめてから、私の手首を離すと、上司は私に命じた。舐めなさい。上司のその命令に従い私は上司の前に跪いた。脚を開いた上司のバスローブをめくって、私は愛を込めて上司の溝を舐めた。上司の手が私の頭に触れ、優しく撫でられて、それから、強く髪を掴まれた。私が舐める前から上司の溝はぬるぬるに濡れていて、ぷっくりと充血した膨らみに柔らかく歯を立て、上司の好きな舐め方で舐め続けていると、小さく声を出して上司は絶頂に達して、私は嬉しくなってそのままもっともっと舐めた。二度目に絶頂に達すると、上司は突き飛ばすようにして私を後ろに押し倒し、そのままバスルームへ一人で歩いていった。上司が戻るまで、私は命令通りベッドの脇に正座して待った。帰りなさい。そしていつものようにそう命令された。上司のベッドの枕元のデジタル時計を見ると深夜の二時になろうとしているところで、もちろん電車はもう動いていない。私はそのまま素直に上司の命令に従って帰ろうとして立ち上がりかけたが、脚が痺れていてうまく立てなかった。それから、前回そう言われて帰ろうとしたところ、コロナウィルスの影響でいつもなら朝までやっているファミレスや漫画喫茶が閉まっていて、始発までの時間を潰す場所がなくて結局公衆電話の中で寒さに震えて過ごしたりして、とにかくひどい思いをしたことを思い出して、私は半泣きになりながらそのことを上司に訴えた。上司は少し考えてから、さっきも使っていたオレンジ色の毛足の長いマットを持ってきてベッドの足元に敷くと、そこに眠るように私に指示してくれて、私は犬のように丸くなって眠った。トイレに行きたくなって真夜中に目が覚めると、身体が少し痛んだが分厚い毛布が私の身体を覆うようにかけてあって、上司はベッドの中ですやすやと眠っていた。毛布を肩にかけるようにして身体に巻いてトイレに行くと、股の間がヒリヒリと痛んで、その痛みで私は自分が生きているということを思い出した。

(2020/04/24/16:01)

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