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電子レンジが無い

 何の因果でこんな目にあわなければならないんだ。心のなかでそうつぶやきながら、水の入った電気ケトルに、凍ったままの冷凍チャーハンをおれはぶち込んだ。ホテルの部屋についたら電子レンジでチンして食べよう、そう思ってホテルに着く直前のコンビニで買ったのだが、部屋に着いてみたら電子レンジなど部屋にはなかったし、ロビーにも見当たらなかった。ホテルに着いたのが深夜の二時半で、フロントのスタッフは既に寝ていた。事前に電話してあったので、エントランスの鍵を開けておくことと、フロントのカウンターの脇にあるお宮さんの後ろに鍵を隠しておく、ということを既に寝てしまったフロントのスタッフの人から伝えられていた。明かりが殆ど消えたホテルのロビーにおれをいれて総勢四名で上がり込んで、ディレクターのウエムラが宿帳に記入した。ちょうどそのときウエムラが運転していたので、ホテルに到着時間の連絡の電話をしたのはおれで、電話越しにオミヤサンという言葉を聞いた時、それがなんなのかよくわからなかったが、ホテルに着いてみるとたしかに、お宮さんと呼ばれているであろう何かがカウンターの上にあって、暗くてよく見えなかったが、何かが祀られているのだということはわかった。その裏側に手を差しいれると、二部屋分の鍵が置いてあった。カメラマンのミツイさんが携帯のライトで照らしてくれていて、キーホルダーに書いてある部屋番号が見えた。十階の隣り合った部屋だった。海のすぐ横に建っているホテルなので、昼間だったらきっと海がよく見えたのかもしれないが、たぶん真っ暗で何も見えないのだろう。それくらいにあたりは暗かった。車のヘッドライトが消えると駐車上は殆ど真っ暗で、何も見えなかった。プロモーターのハセガワさんと、ミツイさんが同じ部屋で、ウエムラとおれがもうひとつの部屋になった。ウエムラとは大学時代からの友達で、いまでもこうしてたまに一緒に仕事をすることがある。夕飯もろくに食べずに東京から運転してきたので、とにかくおれは腹が減っていて、早くそのチャーハンを食べたかったのだが、とにかく電子レンジが見当たらなかった。運転は殆どをオレがして、途中で少しだけウエムラが交代してくれた。距離にしてみると四〇〇キロ近い距離で、知多半島というところに来ていた。翌日の早朝からの仕事で、そのために前乗りしたのだが、着いたのが深夜二時半で、翌朝は五時には起きることになっていたので、何のためにホテルに泊まったのかがよくわからない感じになっていた。ウエムラは部屋に着くと電気ケトルでお湯を沸かして玄米茶を淹れていた。いる? と聞かれたが、おれは礼を言ってそれを断ってビールを開けた。ビールを片手に部屋中を探したが電子レンジはなく、仕方がないので、ビールを右手に、凍ったままの冷凍チャーハンを左手に、ホテルの廊下に出た。エレベーターでロビーに降りて、うろうろと歩いてみたが電子レンジは見当たらず、宿泊客たちがおそらく朝食を摂るであろうカフェテリアのようなスペースがあったので、携帯のライトをつけて探してみたが、やはり電子レンジはなかった。ロビーをまた歩いていると、PUBとローマ字で書いてある茶色い木とガラスで出来たドアがあったので、押してみると鍵はかかっていなかった。中はすっかり明かりが消えていたが、煙草の匂いがして、緑色の常夜灯が電源の消えたカラオケの機械やおしぼりの入った保温庫を照らしていた。バーカウンターの中に電子レンジがあるかもしれないと思ってカウンターの中を見てみたが、食べ物の提供はここではしていないようで、電子レンジは見当たらなかった。カウンターの内側の作業台の上には、詰め替えるのだろう、国産ウィスキーの空きガラス瓶と、大型のペットボトルに入った同じ銘柄のウイスキーが置かれていた。いくら探しても電子レンジは見当たらないし、スマホの画面で時計を見るともうすぐ三時になろうとしていた。歩き回っているうちにビールもすっかりなくなってしまっていて、おれは諦めて部屋に戻ることにした。部屋に戻ると、ウエムラはまだ起きてきて、ベッドに寝そべって電話で誰かと話していた。ウエムラは最近、二十一歳の女の子と付き合っているらしい。話している様子を見ていると、電話の相手はたぶんその子だろうとおれは思った。その子は大学を中退していまはプラプラして過ごしているのだとウエムラは言っていた。ウエムラはおれの三つ年上で、もう三十を過ぎていた。十歳年の離れた女の子と付き合うのがどういう感じなのか、おれにはそういう経験がないのでわからないが、ウエムラは楽しく過ごしているみたいだった。ウエムラがお茶を淹れた時につかった電気ケトルが足元にあるのに気がついて、おれは半ばヤケになってそのなかに冷凍チャーハンを袋のまま突っ込んで、湯沸かしのスイッチを押した。いつか、フェイスブックかなにかに流れてきた動画で、中国人の女の人が、オフィスにあるものでめちゃくちゃな調理をする動画があって、ハロゲンヒーターで焼き鳥を焼いたり、洋服用のアイロンで焼肉をしたり、ウォーターサーバーの湯沸かし機能をつかって鍋をしたりしている動画があった。それを思えばケトルでチャーハンを解凍するのなんて、案外かわいいものかもしれない、とも思ったが、他のお客さんたちがお茶を淹れるのに使う器具でチャーハンを解凍しているという行為が、なんだか反道徳的なことのように思えて、申し訳なくも思えた。その中国の動画では、毎回、オフィスの器具がめちゃめちゃに食べ物で汚れて終わることが多く、それに比べれば、ケトルが汚れるわけではないし、随分とマシではあると思うが。途中、すぐにお湯が沸いてスイッチがオフになってしまうので、湯温を保つためには、何度も湯沸かしスイッチを押しなおさなければならなかった。ウエムラは相変わらず電話を続けていたが、殆どが相槌で、時々、つまらなそうな顔でオレがケトルでチャーハンを解凍している様子を眺めていた。チャーハンをお湯から引き上げて、封を開けてみると、ちょうどよく解凍されていた。ちゃぶ台の上の飲みさしの缶ビールに手をのばすと、中身はもう殆ど残っていなかった。翌朝が早いことに配慮して三五〇ミリ缶にしたので仕方がなかった。最後のひとくちを飲み干しておれは空き缶をくずかごに放り込んだ。湯気が立つチャーハンをスプーンでくちに運ぶと、塩と油と、化学調味料の味がした。(2018/01/08/22:38)


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