「よくも……今!ここで!!鬼さまさ!!出せたよな!?」は非文:東北方言の格助詞「さ」の誤用について
言いたいこと
創作物で東北弁キャラを出すときに、「~を」を「~さ」と書くやつ多すぎ
これは明確に間違いなので即刻やめろ
「さ」は方向を示す格助詞で、標準語の「~へ」「~に」に相当
「~を」ではないし、ましてや「~が」では絶対にない
間違った方言を使い続けるのは失礼・悪質・厚顔無恥
東北弁キャラのつかう「~さ」
最近ネットミームとして以下のセリフを知った
これを標準語に直訳するならこうなるはず
「よくも今ここで鬼さまを出せたよな」
解釈すると、おおよそ以下の意味になる
「よくも今ここ(私とのバトル)で(私から奪った)オーガポンを出せたもんだね」
標準語における目的を表す格助詞「~を」の代わりとして「さ」を用いている
これは明らかに間違った用法である
東北方言における「さ」は方向や場所を指す格助詞
標準語で言えば「~に」「~へ」に相当
地域によってニュアンスに多少の差はあるが、いずれにせよ目的格助詞としての用法は尋常のものではない(注)
あーちょっとニュアンス違うんだよね、というレベルの間違いではない
標準語で「てにをは」が狂っていたら一生擦られるだろ
繰り返される間違い
このレベルの「さ」の間違った用法がさまざまな創作物に散見する
奥山のセリフも「を」として「さ」を使っている
なお悪いことに本来「さ」にしてもおかしくない「に」はそのまま
◯「雨にも負けない」 → 「雨さも負げねぇ」
変えるべきところを変えず、変えてはいけないところを変えている
ユキノビジンにいたっては、主格助詞「~が」を「さ」にしてる
ライターの雑な仕事ということもできるけれども……
絶対に現地人に丁寧な取材をしているはずのルポルタージュ『第十四世マタギ』にすら同じ間違いがある
標準語の作家の作品中で用法について認識違いが共有されており、それが検証されることなくテクスト間で再生産されている
極めて根が深い問題
おかしな方言がはらむ問題
基本的な文法のミスがある表現がそのままがまかりとおっている状況が長らく継続している
おそらく個別の作品・表現の問題というよりも、テクスト界隈における構造的な問題
校正も機能していない
考えられる理由と問題点
心の底から用法を勘違いしている
まあそういうこともあるよ、次からは直そうね
聞きかじりで適当に書いている
次からは直そうね
でも心の底では方言なんて適当でいいじゃんって思ってるんじゃない?
誰も分からない、気にしないっていう甘えがあるんじゃない?
現実を超えてできる限り「それっぽさ」を演出したい
気持ちはわかる、目立たせてくれてありがとうね
でもそれ戯画化(カリカチュア)って言うんだよ
カリカチュアって、対象を笑い者にするためにする手法なんだけど……
人の言語や方言を間違ったままに使うことは、本質的には言語的マジョリティからマイノリティへの潜在的な侮蔑の表れである
白人が黒人のなまりを真似した上に、間違ってたらどうなるか?
そこまで言わなくても、明らかに当該方言とそのユーザーに対する配慮がない
端的に言って無礼
好意的に使ってるからいい?
そんなわけないだろ
愛してるからといって女を殴るDV男の論理
お前は何か言う前に即刻『オリエンタリズム』を読め
侮蔑の意図はないから許される?
今回はな
二度目はないぞ
まとめ
東北弁の「さ」を間違って使うな(大事なので何回も言います)
世のライターはほんの少しでいいので創作で方言を使うことへの気遣いをもってほしい
完全に正しい方言を再現しろ(さもなくば方言キャラを出すな)とは言っていない
シンプル勘違いとしか思えない間違いくらいは素直に直したほうがいいよという話
あるいは本だけじゃなくて現地に行くとかね
書を捨てよ、町へ出よう
提案
「~を」を一括で東北弁に置換したかったら、「~どご」(秋田弁)か「~ば」「~ごど」(津軽弁、南部弁)をおすすめします
困ったら監修もしますのでどうぞお声がけください
注
標準語の「~に」「~へ」に対応するものとして、「移動の方向・着点」「(着点的)相手」「比較・対照の相手」「移動の方向・着点」「移動の目的」「移動の方向・着点」「存在場所」「所有の主」「変化の結果」「動作の起点」「役割」「名目」「比況」「感情の誘因」などが、東北方言の「さ」の用法として存在するとされている
これほど広く多様な用法が挙げられているにもかかわらず、他動詞の目的・対象を指すという用法は含まれていない
ごく一部の地域や、若年層で他動詞の目的・対象を指す用法がいくつか記録されているようだが、明らかに特殊な事例であり、一般的な東北弁としてキャラの言語に採用するには難がある
追記
同じ話をだいぶ前に他の方が書いていた
状況は何も変わっていないということ