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”EL LOBO” ウルフというな名の男

電話の主はさっきのガラの悪そうな男だった。なぜかその男は僕の名前を知っていて、実は店のすぐそばまで来ているので今から会いに来るという。「ガラにもなく」とは上手く言ったもので、悪そうなのに律儀に電話してくるのが僕の不安をすこし和らげた。 

電話を切って10分もしないうちにその男が店にやって来た。見た目は60代くらいでサングラスをかけ、髪の毛は真っ白だった。

ルイスと名乗るその男は、電話をかけてきた当人で店に来るなり
「ここは俺の家だったんだ」と言って、懐かしそうに狭い店内をジロジロ見回しながら小さな椅子に腰掛けた。

「喉が乾いたから何か飲ませろ」そういう彼に僕はメキシカンライムで作った冷たいレモン水をグラスに注ぎ、彼の次の一言を待つことにした。というよりも、いきなりの出来事で言葉を失っていただけである。

「で?家賃は?」そう言ってルイスは美味そうにレモン水を飲み干して続けた。

「俺はディアナの父親なのさ。だから今までお前がディアナに払っていた家賃、あれな。。これからは俺に払うんだ。」

話の流れがめちゃくちゃ過ぎて理解できなくて苦笑いする僕のひきつった笑顔が気に食わなかったのか、ルイスは前のめりになると急に声にドスを利かせてサングラスの奥の目をキラリと光らせた。

「あのな。今お前の目の前にいるのは老いぼれたオヤジじゃねえぞ、こら。
俺はその昔この辺では知らない奴はいねえ暴れん坊で、この家に住んでいる時なんざ30人ものチンピラが俺を襲うためにやってきたもんだ。え?信じられねえって? ”El Lobo ウルフ”っていうのは俺のことさ」

そういってルイスは自分の武勇伝を語り始め、2杯目のレモン水を飲み干した。

嘘のような本当の話だ。ルイスいやウルフが突然店にやってきて、大家のディアナではなく家賃をルイスいや。。。ウルフ。。?に払えと言っている。
そして、そのウルフは30人に命を狙われたが返り討ちにしたという自慢の手刀を振りかざしている。

契約では家賃は毎月1日に払うことになっているので、次の家賃まではあと2週間。だけど、ウルフは来月の家賃を今すぐ払えと。。でないと空手で鍛えた腕が勝手に何をするかわからないと。。。よしもと新喜劇で聞いたようなセリフだ。

朝から市役所の強面にテラス席を撤去させられ、意気消沈しているところにいきなり「大家」という人間が3人になった。 
「メキシコというところはなんという国なんだろう。。」
そう思いながら行き場もなく僕は路地裏を見つめていた。外には置き場がなくなって端に集められたテーブルと椅子が僕の頭を悩ませていて、中ではウルフが吠えている。

ウルフの話なんて頭に入るわけもない。。

つづく

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