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シン・現代詩レッスン123

四元康祐「パリの中原」

四元康祐『噤みの午後』から「パリの中原」。前回「噤みの午後」をやったのだが、その前に「パリの中原」をやっておくべきだった。こっちの方がわかりやすい。四元康祐は中原中也のファンから現代詩(詩)の世界に踏み込んだのだが、その中原中也という一人の詩人ではなく、様々な関係性から彼の詩は出来ているのだった。まず小林秀雄と長谷川泰子の三角関係もあるし、その前に印象派の興味は富永太郎の影響が大きい。そして、そんな中原中也がダイレクトに現在のパリに現れるという詩だった。

パリの中原

ルーブル美術館の、薄暗い階段の踊り場で、おかま帽に黒マントを纏った、子供ほどの背丈の男に呼びとめられた。
「僕、中原中也って云うんだ。おじさん、君の名は?
ちょっと歩かないか。お互いの人生観を語り合おうじゃないか」

この部分はほとんど散文だな。以前散文はエイリアンだって書いていたから、この散文の言葉は妄想的なエイリアンのようなものなんだろう

「君はダダイストを名乗っていたが
それは全てを否定し破壊するというよりも
意識の層を掘り起こし、叙情を深める効果を担っていたから
むしろシュールレアリスムと呼ぶべきではなかったかな」
大通りに面したカフェに座って
文学談義に水を向けると
中原は上目遣いに私を見つめて、薄ら笑いを浮かべるばかり
客たちの出入りをするたびに
キョロキョロと落ち着きがないのは
別れた女の面影でも捜し求めているのだろうか
それからまた歩いてソルボンヌの近くの本屋に入った

中原のダダイストは酔っ払って誰彼構わず喧嘩をするという感じで、それほどいい印象はないのだが、それは太宰を泣かせた苛めっ子文学者だからだった。だからそんなエピソードから太宰治の代わりに中原と喧嘩をした檀一雄が好きだった。他愛もないことなんだが、太宰が文学バロメーターになっていた。そうだよな、中原の詩はダダイズムじゃなくシュールレアリスムかもしれない。それに叙情的過ぎるのだった。朔太郎の方が好きだった。女にだらしないのも減点だ(太宰もそうだけど)。

中原はその短い生涯を通じて、仏語を勉強し続けた人であった
フランス近代詩の翻訳も多く
外務書紀生となって渡仏を夢見たこともあったが、それは叶わなかった

ここは事実の説明的文章で中原の無念だを描いたのか?だから現代のパリにタイムスリップしてくるのである。

エリオットとヒーニーの詩集のフランス語訳を私は中原にプレゼントした
「『英米の詩に読むべきものなし』なんて君はどこかで書いていたようだけど、案外捨てたもんじゃないかも知れないぜ」

「英米の詩に読むべきものはないと思っていたのは中原を読んだからだろうか?でも英米の小説は好きだったから、それは違うか。あまりにも当たり前過ぎて異世界の詩を求めたのかもしれない。エリオットは嫌いである(差別主義者だから)、ヒーニーは知らん。中原の代わりにオマエが答えることはないだろうと言われそうだが、詩は対話なのである。

詩集のあるテーブルクロスに肩肘ついて
コニャックに切り替えた中原が
低いしゃがれ声で歌っている
「ボーヨー、ボーヨー」は茫洋の意味か
そこへ私のVISAカードが銀の皿に載ってもどってくる

酔いどれ詩人の中原のイメージ。中原の月の詩が好きだった。

ビザールの駅についた時、耳元で
「ちょっと僕、遊んできます。それじゃまた」
ヌメッとした声が聞こえた
「ダダさん、ちょっと待って」呼びかけたけれど返事はなかった

地下鉄の中には肩からアコーディオンをかけた初老の男が
観光客相手に(汚れつちまつた)悲しい曲を奏でていた

詩小説という感じの物語詩だな。「ダダさん」は中原中也の愛称。落ちがいかにも叙情だった。抒情詩だからだろう。

阿修羅

四人掛けの喫茶店のテーブルクロスは
いかにも七十年代風のレトロなのか
チェックの赤い模様のビニールクロス
そして隣に森永ラブ、向かいに太宰さん
その隣に姉さんと呼びそうになったが
太宰の愛人兼森永ラブ四姉妹の次女という
設定だと説明しておく

つまり僕はタイムスリップした世界は
向田邦子『阿修羅のごとく』の世界で
何故か修羅雪姉さんが太宰の愛人だった
そこへ太宰の天敵である中原が酔っ払って
入ってきたのだ 修羅場である 
♪~しゅら しゅ しゅ しゅ
と歌ったのは中原だった

「それでオメーは桃の花か」と云う中原
「いや、森永ラブです!」という彼女
「だから何だって云うの、この唐変木!」という姉さん
次は太宰さんの番だが沈黙でぼくに譲られた
「この人はダダさんと言って先生の友人なんだ」
とぼくは繕っていたが、中原はいよいよ頭にのって
「だ~ざいオメーの舎弟は頭がいいなー」

そして、太宰さんが歌ったのだ
♪~しゅら しゅ しゅ しゅ

やどかりの詩


 




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