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上海の「サタデー・ナイト・フィーバー」というスパイ映画

『サタデー・フィクション』(2019年/中国/126分)【監督】ロウ・イエ  【キャスト】コン・リー,マーク・チャオ,パスカル・グレゴリー,トム・ブラシア,ホァン・シャリー,中島歩,ワン・チュアンジュン,チャン・ソンウェン,オダギリジョー

ロウ・イエ監督の第11作目に当たる本作『サタデー・フィクション』は、2019年の第76回ベネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品作である。

上海出身のロウ・イエ監督は国際的にデビューした『ふたりの人魚』(2001)で上海の蘇州川の水中ダンサーに恋する男を描き、『パープル・バタフライ』(2003)では、チャン・ツィイーと仲村トオルを起用し、1939年日本軍占領下の上海を描いた。

本作『サタデー・フィクション』は、再び上海を舞台にし、映画の冒頭「1937年11月に上海は陥落したが日本軍の侵入を免れた英仏租界は“孤島”と呼ばれていた」という説明が表示され、太平洋戦争開戦7日前の1941年12月1日から映画は始まる。

監督が一度は挑戦したかったという映画の原点でもあるモノクロ映像を用い、映画音楽を一切排したストイックなつくり。「蘭心大劇場」「キャセイ・ホテル」など当時からある選りすぐりの建物をロケ地として、スタイリッシュな本格スパイ映画が完成した。原作は、ロウ・イエ監督とプロデューサーのマー・インリーの友人でもあるホン・インの小説『上海の死』で描かれる女スパイの物語を脚色し、その脚色した物語の中での演劇公演の物語の主役に横光利一の『上海』中国共産党の女性闘士・芳秋蘭(コン・リー)の設定を採用している。

魔都と呼ばれていた上海は当時、欧米中日各国の諜報部員が暗躍する都市だった。フランス諜報部員に女スパイとして育てられたユー・ジンの使命は暗号変更のため上海にやってきた日本海軍少佐古谷三郎(オダギリジョー)から太平洋戦争の奇襲作戦の場所を聞き出すことだった。古谷の日本で亡くなった美代子にそっくりなユー・ジンを利用してのマジックミラー計画が始まるのだった。

ロウ・イエの映画はけっこう好きなのだが、これは国策映画かと思うような作品だった。第二次世界大戦前の香港租界でのスパイ合戦映画。スパイ映画だけどアクション(銃撃戦がメイン)のような。モノクロ映像は雰囲気作りなのか、コン・リーの老いを隠すためだったのか?日本だと『リボルバー・リリー』の綾瀬はるかのポジションなのかな?

まあコン・リーを迎えてのヒロイン映画ということろだろう。ストーリーはちょっと複雑で劇中劇が現実(当時の上海)とリンクするので、その演劇の部分が横光利一『上海』だったのだ。また本が読みたくなる。スパイ映画のエンタメ部分はイギリスに留学経験のある中国の人気作家らしいのだが、普通にアクション映画だった。面白いのは劇中劇との絡ませ方なんだけど、その部分はちょっと退屈してしまうかもしれない。

もう一つコン・リーのヒロインは同性愛者でもあるのだった。そこがクィア映画としてもっと面白く出来たと思うのだが、通常の男女間のラブ・ロマンスとなってしまった。そこがもったいないと思った。あと中国のこういう映画の日本人はやたら大声を張り上げて威嚇する男ばかり出てくるのだ。スパイ映画としては『陸軍中野学校』のような映画を期待したのだが、普通にエンタメアクション映画だった。

題名もあれだよな。「サタデーナイトフィーバー」に掛けているのか?ダンスシーンが確かにあった。横光利一の『上海』は読みたいと思った。

追伸。勘ぐれば悪徳プロデューサーは現実世界でもありうるかもしれない。ロウ・イエの前作はかなり反権力的作品だったのである。

何よりも「天安門事件」を背景とする映画を撮っているロウ・イエは中国の国家権力からもマークされている監督だろうと思われる。そしてそんなロウ・イエにプロデューサーが国民的な人気女優とのエンタメ映画を持ちかけてきても不思議はないのかもしれない。実は現在の中国映画の舞台裏をも描いたのかもしれない。


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