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墓巡りの旅
広島に行って驚くのは国際都市ならぬ公園の多さだろう。そこに原爆後の復興広島の姿があるのだ。公園にはどこも樹木と噴水があり、炎暑の夏でも散歩しやすいコースになっている。その最大の公園が「広島平和記念公園」でありモニュメントとして国際都市の威厳をかけた世界遺産の場所となっているのだろう。原爆死没者慰霊碑には朝から厳粛なムードが漂う場所になっていた。そんな場所ではさすが奇人の俳人でも口をあんぐりコトバ(茹卵)を飲み込むしかなかったのだろう。
広島や卵食ふ時口ひらく 西東三鬼
原爆ドームは川を挟んでおにぎりを食べななら蚊に喰われ鳩の襲撃に遭っていた。
蚊と鳩と日の丸弁当原爆忌 宿仮
写真家の石内都が制服の下に隠された女子学生のファッションを記録したのは、官の正しい姿としてではなく、戦時でも危険を冒して(非国民とされる)冒険をするそんな女子高生の姿であったのか?
そうした遺品は原爆資料館にはなかったのだ。そこには国民服の制服を着た軍人や遺書(原爆ノート)の語りが吉永小百合の声で朗読される音声ガイドを聴きながら慟哭するのだった。音声ガイドはサユリストなら必要なのかもしれないが、一般客は文字による解説で十分であると思う。音声ガイド料400円は首から下げるには重い。
また各展示にアラン・レネが描いた被爆ドクロはなかった。当時の広島市民たちは折り目正しい人ばかりではなく、生活のために被爆ドクロを観光客(外人)に売りつけて生計を立てていたものもいたのだ。その辺の記録は震災後すぐに立てられたバラック集落とともに一掃された排除の中に広島の歴史があるのだろう。広島を語る映画の特集を広島市民図書館でやっていたのも良かった。その中で新藤兼人監督の『原爆の子』でもそういうバラック集落が映画化されていた。
そこでは正しい平和教育として修学旅行や海外の団体ツアーが組まれているのだが、そのあとの「仁義なき戦い」の舞台となった広島は展示されてない。せいぜい広島のお好み焼きを喰うところなのか?
お好みで平和の屋台や管制塔 宿仮
広島観光のスポットが原爆公園(資料館含む)ともう一つが厳島神社だった。こちらも海外のツアー客が多いのだが、原爆観光のいち団とは雰囲気が違う。なによりも露出が多い服装であり入れ墨に特攻のハチマキとか、ある意味清盛もびっくりするような光景に出くわす。水着になるギャルとか。大潮で鳥居までは歩けるようになっているのだが、ぞろぞろ歩いていく人々。
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その光景を撮ろうとしたら海外ツアー客の記念写真を頼まれた。なかなか風光明媚な場所で野生の鹿が放牧されて餌を求めて近寄ってきたり、ツアー客のソフトクリームを奪う強者な鹿もいて賑わっているのだが、奥に入っていくと人もまばらになり、先程書いたビーチと勘違いするビキニの露出美人とかいて、奇妙な場所になっていた。そんな場所では俳句もよく出来る。
キュンと鳴くシシガミ様は盗人なり 宿仮
秋蝉や「千年の愉楽」木漏れ日で
大鳥居秋茜の群生若芽貝
(初稿)
キュンと鳴くシシガミ様は守り神
秋蝉や木漏れ日のなか読書かな
秋茜大磯引いて若芽かな
(群がる秋茜の足許では若芽を食らう盛者必衰の戦いが)
追加
ビキニ写真インスタお願い大鳥居 宿仮
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帰りの船が18時前だったので(カーフェリだけのようだ。別会社は22時まで帰船があった)、夕陽は諦め早めに帰船。船会社も二つあり乗船に戸惑う。一つは海外ツアー専門のようで大混雑していた。
でも厳島神社観光も良かった。広島の別の顔が現れていた。
それで二日目も島巡りとして四国小豆島に行ったのだが、散々な旅になった。それは小豆島の観光地が秋休みに入っていてどこも休みなのだった。図書館が休みなのはメゲた。最初に余裕でエンジェル・ロードを見に三十分歩いた後の三十分でこれだった。
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エンジェル・ロードも厳島神社の大鳥居みたいだったが、『八日目の蝉』の影響なのか観光地化されている。そこで一句。
天使路や赤フン靡くいなかっぺ 宿仮
ちょっと難しいかな。エンジェルロードを「珍島物語」と勘違いした「いなかっぺ大将」が赤フンを靡かせて天使路を詠っているのだ。
天童よしみは「いなかっぺ大将」の主題歌も歌っているのだ。赤フンを天使路に見立てている。これは傑作だと思う。しかし、いいのはここまでだった。
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それでもメゲずに尾崎放哉記念館へ。図書館近くにあるのは資料館でここも休み。途中妖怪博物館があるのだが、ここも休みだった。おまけに迷路のまちに入り込んでこっちが妖怪になりそうな酷暑である。
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やっと辿り着いた尾崎放哉の住んでいた家はイメージと違っていた。風鈴展も開催中とかで、もともと風鈴は悪鬼退治のおまじないだから放哉にはふさわしくないと思う。そういう俗世間から離れた場所が小豆島だったのである。放哉を追いかけて山頭火も墓参りに行くのだが、今のような観光地された場所ではなかったのだと思う。
咳をしても一人 尾崎放哉
鴉啼いてわたしも一人 山頭火
風鈴が煩くて眠れない 宿仮
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尾崎放哉記念館の立派なことと尾崎放哉の墓も立派になっているのだが、「無縁仏に花をささげるな」の張り紙。そうそうと退散して一句。
墓裏も立派な墓で行き止まり 宿仮
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