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カジモドの鐘を救え!
『ノートルダム 炎の大聖堂』(2021/ フランス/イタリア)監督ジャン=ジャック・アノー 出演サミュエル・ラバル/ ジャン=ポール・ボーデス/ ミカエル・チリニアン
解説/あらすじ
2019 年 4 ⽉ 15 ⽇、ノートルダム⼤聖堂で⼤規模⽕災が発⽣。いつものようにミサが⾏われていた⽕災当⽇の夜、警報器が⽕災の検知を知らせる。しかし、誤報だと思い込み、速やかな対応を取らない⼤聖堂の関係者たち。その間にも⽕は⼤聖堂の中を燃え広がっていく。消防隊が到着した頃には、⼤聖堂は燃え上がり、灰⾊の噴煙がパリの空⾼くまで昇っていた。⼤聖堂内の消⽕活動は狭く複雑な通路が⾏く⼿を阻み、かけがえのないキリストの聖遺物の救出は厳重な管理があだとなり困難を極めていく…。そしてついに、マクロン⼤統領の許可を得て、彼らは最後の望みをかけた作戦を決断する。⼤聖堂の外に集まった⼈々が祈りを込めて歌うアヴェ・マリアが鳴り響く中、決死の突⼊を試みる勇敢な消防⼠たちの運命は―。
大火災映画といえば『タワーリング・インフェルノ』『炎上』というところだが、三大火災映画になるかもしれないという予感はあった。
どっちかっていうと『タワーリング・インフェルノ』ぽいのだが、救い出すのは人間ではなくキリスト教の象徴である聖遺物なのだ。それはイエスが磔にされたときに被せられた「茨の冠」という聖遺物だった。
そこはキリスト教文化圏なので神の力は偉大なものとして描かれている。最新のロボット消火機が登場するのだが(原発事故の時にも使われたが結果は?)、そんなもんで劫火は消えるはずもなく、消防士たちの身を捨てる覚悟と勇気、そして人々(半分は野次馬だろうが)の祈りの歌によって、大聖堂の鐘が落ちなかったというストーリーである。それはキリスト教文化の偉大さを知る映画としては『炎上』に近いのかもしれない。
それはガイドの説明もあったように世界各国から礼拝観光に来る名所としてのノートルダム大聖堂だったということ。同じ頃、炎上した首里城は映画化されないのはそんなところなのかな?
何よりもノートルダム大聖堂と言えばユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』である。
教会というのは字が読めない人の為の書物というような、そこに行けば聖物や歌によって聖書の世界を感じられるのである。その象徴としての『ノートルダムの鐘』はユゴーのこの小説のディズニーのアニメ化だった。
その鐘が落ちないために消防士が活躍するのである。鐘は日本では火事を知らせる為の半鐘というのだが、そういうことには鳴らさない。野次馬を呼んでどうするのか?という映画ではないけど野次馬が邪魔な映画ではある。江戸の火事は見物人も多かったというが、スマホ時代の火事は最初はスマホ写真の投稿だったというのも皮肉だった。
原因は曖昧に作業員の火の不始末のように見せておいて、老朽化した建築物の管理ということも問われるのだろうな。それは最初に登場した警備員の男性が通報したのにも関わらず誤報と受け取られてしまったこと。こういう事態になって人はありえない事故(想定外の事故)だったと騒ぐのである。