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ハン・ガンノーベル賞受賞の理由
『ユリイカ 2025年1月号 特集=ハン・ガン ―傷を照らし、回復を導く灯……ノーベル文学賞受賞記念―』
2024年ノーベル文学賞受賞記念
傷をつくるのも癒すのも同じ人間であるということを、 ハン・ガンは果てしないスペクトラムとして物語の中に描き出す。『菜食主義者』『少年が来る』『すべての、白いものたちの』『別れを告げない』……数々の名作によって導き出されてきた他者への愛が、惨たらしい暴力の中にある人間の生の儚さを照らす灯として、いま世界中で必要とされている。ハン・ガンの苛烈なまでに静謐な作品風景に迫り、さまざまな痛みと回復の過程を見つめる。
[目次]
【インタビュー】
ハン・ガン 翻訳=柳美佐
【対談】
斎藤真理子×宮地尚子
【エッセイ】
石井美保/井手俊作/温又柔/頭木弘樹/金承福/きむふな/崔誠姫/奈倉有里/古川綾子
【詩】
小野絵里華
【論考】
今村純子/岩川ありさ/江南亜美子/菊間晴子/金ヨンロン/佐藤泉/須藤輝彦/髙山花子/寺尾紗穂/真鍋祐子/森山恵/山家悠平/吉川凪/渡辺直紀…
【資料】
udtt book club ハン・ガン全作品解題
ハン・ガンの入門書としてレベルが高いかな。翻訳者の斎藤真理子と精神科医の宮地尚子の対談はわかりやすかった。ハン・ガンが光州事件から受けたトラウマが4.3事件の『別れを告げない』で結実していく。当初は雪の三部作になるはずが、一本の作品になったということ。また次の作品は雪だるま女の話で部屋に入れないで外をさまよっているうちに男と巡り合うという喜劇調の作品のようだ(ただ結末は溶けてしまうので悲劇)。あと『菜食主義者』で個人のトラウマが韓国社会の事件のトラウマになりノーベル賞ということだった。
『ユリイカ』は斎藤真理子と宮地尚子の対談でハン・ガンの基本情報を語っていて、それぞれの評論は本を読んだ人にしかわからないような難解さを受ける。そしてところどころにそうした専門評論家ではない詩人の詩やミュージシャンのハン・ガン評が面白かった。
基本情報として、ハン・ガンのトラウマということで、光州事件が大きな傷となっていると思うのは、ハン・ガンの父も作家で光州では知り合いも多かったのだが、危なくなって引っ越したという。そのときに光州の残虐な写真をハン・ガンが観てトラウマになったという。その精神状態を精神科医で「トラウマ」の本も出している宮地尚子解説する。韓国社会で光州事件後に金大中大統領時代には左派政権で事件の解明も進んでいくのだが、右派政権の大統領時代になるとその反動で、事件を無かったことや証言者は捏造だとバッシングされる時代があり、ハン・ガンはそんな時代に『少年は来る』を発表する。それはそれまで自身のトラウマとして『菜食主義者』などを書いてきたのだが、反民主化政権が誕生してそうした犠牲者の記憶は闇に葬られていくことに憤りを感じたのだという。それは『別れない理由』が3.4事件(済州島3.4事件)が風化されるのを遺骨発掘を続けながらそうした犠牲者を弔うことに力を尽くした母親世代(在日監督ヤン・ヨンヒ『スープとイデオロギー』が似たようなテーマだった)から受け継いだ娘の傷として世間に知らしめていく。
その痛みを北京の作家(光州事件に関わっていた)が共有することによって世界でも闇の中に埋もれようとしているガザやウクライナ問題の犠牲者に通じる問題だとノーベル文学賞に繋がったのだ。ハン・ガンのノーベル賞スピーチはその問題にも触れている。だから韓国国内で一部のハン・ガン批判者がニュース(保守的な新聞などで)になったりもした。
そうしたハン・ガンの中にあるトラウマが個人の文学表現から社会の文学表現へと花開いたのであった。そうしたことは詩人として、個人的なことを書きながら、韓国では詩人が社会的に小説家以上に認められていて、セウォル号沈没事故のときも韓国の詩人が詩を発表して(金恵順『死の自叙伝』)、国際的な詩の賞を取ったりしたのもハン・ガンの詩も認められていく傾向だったのか、日本でも詩集が出版された。その感想を書いた寺尾紗穂「ひとはうたうときこどもになる」は評論ではなくエッセイでミュージシャンの視点が面白かった。