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喪服のフラメンコは映画史に残るシーン

『波紋』(2022/ 日本)監督:荻上直子 出演:筒井真理子、光石研、磯村勇斗/安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、津田絵里奈、花王おさむ、柄本明/木野花、キムラ緑子

絶望を笑え 「あなたの犯した罪は、なかったことにはならないー」 痛快爽快!絶望エンタテインメントの誕生
須藤依子(筒井真理子)は、今朝も庭の手入れを欠かさない。“緑命会”という新興宗教を信仰し、日々祈りと勉強会に勤しみながら、ひとり穏やかに暮らしていた。ある日、長いこと失踪したままだった夫、修(光石研)が突然帰ってくるまでは—。 自分の父の介護を押し付けたまま失踪し、その上がん治療に必要な高額の費用を助けて欲しいとすがってくる夫。障害のある彼女を結婚相手として連れて帰省してきた息子・拓哉(磯村勇斗)。パート先では癇癪持ちの客に大声で怒鳴られる・・・。 自分ではどうにも出来ない辛苦が降りかかる。依子は湧き起こる黒い感情を、宗教にすがり、必死に理性で押さえつけようとする。全てを押し殺した依子の感情が爆発する時、映画は絶望からエンタテインメントへと昇華する。

日本の出口のない社会状況を一人の主婦の視点から描いた傑作だと思う。まず筒井真理子は『よこがお』で凄い女優だと思ったがこの映画も筒井真理子のキャラを宛ててこの映画を作った感じである。この人の演技なのか、光石研の夫を睨む顔がまさに今のオバサンを象徴しているようで非常に怖い映画でもある。無論光石研の演じる夫が上手いのもあるが。

だらし無いというかどうしようもない夫に愛想をつかしつつ、世間的には見捨てるわけにもいかず、頑張る主婦として魂の救いをお水様(新興宗教)に求めたり、地域コミニティーの延長でボランティア活動もしているスーパーで働くパート主婦。それは現在の日本の社会の顔とも言えるのではないか?例えば自民党応援団の統一教会系の宗教オバサンであったり、どこかその辺にいるおばさん映画なのである。

スーパーで働く主婦というのがミソである。例えば伊丹十三『スーパーの女』との違い、あきらかにこの映画では主婦の絶望の顔しかないのだ。その喜劇性を笑っていられるのか?

あと掃除のオバサンの木野葉の「スーパーの女」の成れの果てのような感じも良かった。このへんのリアリティある女優というのは貴重だ。けっこう的確なアドヴァイスをするのだけれども自分が入院するとゴミ屋敷だったのが明らかになったり。それを掃除してしまうのが筒井真理子の主婦なのだが、能力として今の日本では発揮しようがないオバサンなのかもしれない。何故光石研演じる夫と結婚したのかもわからない。ただそこに一戸建ての家に住んで子供を育てる生活を送れたのが唯一のものなのかもしれない。

介護、夫の無責任、子供の結婚と様々な問題が見えてくるが、やっぱ一番目を背けたくなるのは息子の彼女の障害者差別だろう。たぶん、息子じゃなかったらそういう言論もなかったのだと思う。だがそれが今の日本の建前と本音の部分ではないかと思う。日本にそういう差別が根絶出来ないのは、人種差別的な家父長制のシステムの存続を願う母親がいるからだった。

ただそれが壊れていく映画でもある。だから黒の喪服の真っ赤な傘で踊るフラメンコは美しい。小津安二郎『浮草』の京マチ子の姿が重なる。それは浮草の鉢で飼う白メダカの世界に紛れ込んだ金魚だ!


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