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浅川マキが残した痕跡の歌

浅川マキ『Long Good-bye』( EMIミュージック・ジャパン/2010)

2010年1月17日に急逝した浅川マキのベスト・アルバム。レアなトラックも多数収録された、入門者はもちろん、コア・ファンにとっても価値のある作品。

浅川マキさんが亡くなって、もう10年以上も過ぎるのですね。彼女のようなミュージシャンは表舞台に出ていたわけではないので、自分から積極的に探しに行かないとなかなか会うことが出来ない。たまに思い出したようにレコードやCDを聞くと最初に出会った記憶が鮮やかに蘇ってくる。

それはカッコつけて言えば事件とも言っていい。その出会いによって何か自分の中に変化が生じるもの。ちょっと違うのかな。呼び覚ましてくれる感覚。忘れていたことども。それは痕跡ということなんだろうと思います。

一緒にいたわけではないのに、どこか一緒にいたような感じにさせてくれる歌の数々。

例えば「ガソリン・アレイ」の歌がよく友だちが演奏していたライブ・ハウスで無理やりチケットを買わされたりした、ほとんど身内だけのライブを見ていたり。その時に浅川マキさんはすでにスターだったから知るよしもないのですけど、懐かしく聴いてしまう。

ベスト盤ですけど、ライブ演奏が多いので、より親密さを感じられます。それは一曲目の「夜が明けたら」から。ああ、そうなんだ、一番列車で旅立ったのかと納得してしまう。どこか地方のライブ・ハウスかも知れないし、知り合いのミュージシャンに誘われたのかもしれない。でも、また戻ってくるんだろうというものが確かにある。

「裏窓」は、マキさんと一緒にいたことなんてないのに、何故かその裏窓から見えていた風景を覚えている。それはかつて見られた風景だったのですがいつのまにか喪失してしまった風景なのです。実際に見ていなくとも映画やTVだったのかもしれないですけど、確かに痕跡として古いネガのように透けて通して見える。「裏窓」という確かな記憶から。

「赤い橋」はたぶんラジオの深夜放送で聴いたのかもしれない。もう明け方近くに人気パーソナリティの深夜放送の馬鹿騒ぎのあとにふと隙間をつかれ忍び込んできた歌。赤い橋が見えても渡ることはないですけど。

「セント・ジェームス病院」は、ルイ・アームストロングの演奏で最初に聴いたのですがその日本語歌詞に驚いてしまった。悲しい歌だと思ってはいましたけど。それは古いジャズの中にある歌でもなく確かに新宿あたりの病院にあるような情景です。

「朝日楼」も「朝日のあたる家」ではなく、日本のどこかにあったそれは進駐軍時代かもしれない、もちろん浅川マキがそこにいたのではなく、誰かのために憑依して歌うそういう歌手だったのです。自分のこと以上に他人に優しくなれる人と言えばいいか.........。



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