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シン・現代詩レッスン68

  鮎川信夫「囲繞地」

「囲繞地」は読めない。(いにょうち)と読む。学生時代に植木屋でバイトしていたときにこの「囲繞地」を巡って争いがあり大ケヤキが植えてあったのだが、その木の枯葉が家に入ってくるので切れとかいう苦情で伐採したのだが、そのあとブロック塀で通れないようにしたのだ。そういう争いが好きな人達がいるんだと思って、仕事は仕事と割り切って根っこ堀りに苦労していた。

囲繞地

あなたは遠く行かうとした
海よ そして人気のない墓地がある
地の果てよ そして濁らない泉がある
やっぱり同じ陽が照り石は荒い山脈の斜面からむけてくるのか
夢をみなさい 不機嫌な一瞬には
あなたは悪く夢を見た

鮎川信夫「囲繞地」

このあなたはM=自己だろう。海よという呼びかけは、ランボーの詩を思い出させる。「やっぱり同じ陽が照り」は「永遠」での再現か?

「夢見なさい」は墓地に眠る人なんだろう。Mか?ちょっと違う雰囲気だ。母と読む。Mとの関係悪化はランボーとヴェルレーヌの関係。同じ夢を何時までも見られるものではなかった。

怪しい手紙には翅が生えてゐたのかも知れぬ
とげとげしい息子よ 御身の
毅然たる恰好は 悲しげな眼ざしは
母の胸をどんなに不安にしてしまったか

鮎川信夫「囲繞地」

母は既に死んでいるのだろうか?母とMとの三角関係か?怪しい手紙はMに宛てた手紙(詩)かも知れない。母の記憶の中の息子と離れていくのは必然のように思える。

ドアを押して
お入りなさい 私が許可を与へたから
あなたは何故黙ってゐる お坐りなさい
あなたの利益は あなたのどの釦に隠してありますか
あなたは何故黙ってゐる

鮎川信夫「囲繞地」

許可を与えたのはそこが「囲繞地」に他ならないのだが、そこは人が入れない場所なんだと思う。黄泉の国というよりも無意識の中の死者の国なのだろう。そこにいる母のいる部屋。「オルフェウスの冥界下り」というような詩だろうか?

眠れる木 眠れる森
そして時間が徒らに過ぎていった
椅子に凭れて
あなたは独り目覚めてゐた
むかしの世紀がまだ寝床に就かぬうちは
あなたの部屋にはシガアの煙がたなびいて
眠れる世界に息を吹きこむ

鮎川信夫「囲繞地」

神話世界の帰還。「椅子に凭れて」はこの時期椅子に凭れている状態の詩をくり返し詠んでいる。その状態は魂が抜けたような状態なのだろうか?煙草の煙がたなびく部屋が囲繞地なのだが「荒地」という場所のような気がする。そこで眠れる世界に息を吹き込むような詩を詠むのだろうか?

あなたは遠くへ行けなかった
大木が立ちはだかる その先には人気のない墓地がある
大木を切り倒せというのが父の命令
日陰になって道を塞ぐからみんなのためにお前が働くのだ。
大木を切るのは父の役目
切り株の根を掘り
それを切っていくのはぼくの役目

夢を見ようとTVはオリンピックだ
根切り作業だったら金メダルものだ
強敵は中国やロシアの木こりたちか
韓国選手の雄叫びは柔道だった
僕は疲れて昼寝をしていた
サボるなと父の声

根無し草のぼくに与えられた
ただ一つの仕事
クレーン車で引きずり出すまで
根切り作業
切り株はトラックで運ばれていく

あなたはその部屋にいた。囲っているなんて騙したんだ
ブロック塀を高く重ねていく父がいる
そこはあなたの墓場

そこの窓から入りなさい
窓はまだ塞がれていないから
どうせ僕を人質に取るつもりの
鬼母だ だから父が閉じ込めたのか

大木の梢が囁いていたとき
落葉がこの部屋に不審を知らせた
わたしはただ座って見守っていた
樹が切られていく音
引きずり出される音
を聞きながら

それをお前に語ろうと思うのだ

やどかりの詩


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