「クナシリ」に取り残してきたもの
『クナシリ』(フランス/2019)監督ウラジーミル・コズロフ
解説/あらすじ
北海道からわずか16キロに位置し、かつては四島全体で約17,000人の日本人が生活していたという北方領土。しかし、戦後の1947年から48年にかけて強制退去が行われ、今日本人は一人もおらず、日本政府は問題が解決するまで、日本国民に入域を行わないよう要請している。本作は、そんな、日本人が容易に足を踏み入れることが出来ない地、北方領土の国後島で暮らすロシア人島民らの生活、島の様子をありのままに映し出す。寺の石垣、欠けた茶碗、朽ち果てた船や砲台など、国後島のいたるところに第二次世界大戦の痕跡があり、島民らはそれらを土から掘り起こしながら、日本人との思い出も記憶から掘り起こし始める。日本人墓地は土に埋もれたまま無残に放置されており、島民らの生活圏も、整備が行き届いていない家やゴミが散らばり荒れ果てているなど、忘れ去られた島のような寂しい風景が広がる。政治に翻弄され、複雑な思いを抱える島民ら。現状を嘆き、率直に生活苦を語る彼らの厳しい暮らしについて日本ではあまり知られていない。ロシア側の主張に偏ることなく、島に暮らす人々の証言や生活の実態を映した本作からは、本当に解決すべき問題や住民たちの真の願いが見えてくるだろう。
ロシアの「北方領土問題」の思惑は、住民と上層部とでは意見が違う。それでも日本に返還などという夢のような話はない、良くて共存という選択、上層部は戦争で勝ち取ったのに何故返さなければならないという考えだ。それはプーチンも同じだろう。ただ開発がなされていない、取り残された島だから、日本に共同開発を求めた。
クナシリは開発が戦後なされていないので荒地になっていた。住民のトイレもないと言っていた。だから日本の援助を求めたというところが現実なところだ。安倍とプーチンでは国際政治力が違い過ぎる。せめてアメリカを引っ張ってこないと安倍は何をのこのこ出かけていったのだろう?最悪の結果を招いた。
クナシリがかつて日本人が住んで共存していたこと、古くはアイヌ先住民が暮らしていた痕跡もある。でも今は戦争の痕跡だらけだ。それを軍事に利用するロシアは、日本の観光客は軍事オタクを期待しているのだ。兵器博物館とか。
産業では漁業の近代化。漁で取った魚は、住民に回ることなく輸出品で、その加工工場は海を汚している(ゴミ捨て場だった)。日本から贈られてきた定期船が日本からの土産を運んでいる。国交が開かれていなくても、そういうルートはあるのだった。
戦後日本人を追放した話は、悲惨な話ばかりだ。女性は全員真っ裸にされて、持ち物も制限された。何もかも置き去りのまま島を離れたのだが、その残骸だけがあるだけだ。墓も寺社も破壊され尽くしている。歴史の埋もれた闇の部分と現実に生活する人々。
平和外交以外の何ものでもないと思う。どっちかが利益を考えたところで平和交渉は瓦解する。