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青春小説が苦手だった

石川宏千花(2020)『青春ノ帝国』あすなろ書房
を読みました。

水色とピンクが目に沁みる表紙。
少し離れているところからこちらを振り返っている少女が、自分の過去をするどく刺してくるようでした。

物語は、中学校の職員室から始まります。
関口佐紀は、中学校で教師をしていました。
帰り際に受けた一本の電話から、23年前の夏へと連れ去られます。

電話をかけてきたのは、中学生のある一時期の思い出を共有している奈良比佐弥でした。

中学生のとき、佐紀のクラスには「上原沙希」という女の子がいました。彼女は、みんなから「さき」と呼ばれ、みんなから好かれている生徒でした。
自分とはまるでちがうもう一人の「さき」の存在を、ずっとコンプレックスに思っている佐紀。
クラスメイトたちが、「さき」を呼ぶ声を聞きながら、佐紀はずっとこころの内を見つめていました。

誰かから名前で呼ばれたい。「関口さん」ではなく、「佐紀」と。

弟を迎えに行く《科学と実験の塾》が、佐紀にとって唯一の救いの場所だった。
自分はただクラスに馴染めないだけで、いじめられているわけでもない。ただの惨めな「関口さん」。
それでも、《科学と実験の塾》を営む久和先生と話していると、楽しいと思えたのでした。

久和先生の甥で、佐紀のクラスメイトでもある奈良くんと会えることも楽しみのひとつでした。
奈良くんは、家庭の事情で佐紀のクラスに転校してきました。特に誰かと仲がいいわけではありませんが、皆が一目置いているようなひとでした。
佐紀は、ほかのクラスメイトとはちがう奈良くんに、ひそかに思いを寄せています。
《科学と実験の塾》にいる奈良くんのことは、クラスの誰も知らない。
そんな奈良くんを自分だけが知っている。
その特別さが、佐紀の心を救っていたのでしょう。

そんな《科学と実験の塾》でしたが、そこで働いている百瀬さんという女性のことは、佐紀は好きになれませんでした。
百瀬さんには、素敵な旦那さんがいて、できないことや悩みなど何もないような、そんな女性。
久和先生も、百瀬さんに好意を寄せていました。
佐紀は、こんなひとに自分の気持ちはわからない、と素直に接することができません。

佐紀と奈良くんと久和先生と百瀬さん。
この4人が生きた、夏の思い出をさっと駆け抜ける、そんな物語です。

佐紀が、自分のことを名前で呼んでほしいと思う気持ちが痛いほどわかりました。
自分はクラスメイトから相手にされない惨めな人間ではないはずだという、独りよがりな思い。なぜ見下されないといけないのかと思いながらも、自分も同じように下を見て自己を保っている、そんな「青春」の時代を思い出しました。

23年前の夏から、ひとが少なくなった職員室に戻ってきたとき、受話器を握っていた佐紀と同じようにはっとしました。

佐紀と奈良くんと久和先生と百瀬さん。
この4人の関係性が、あまりにもかすかであまりにもたしかで、胸が苦しくなる。そんな1冊です。


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