【咎人の刻印】クリスマス 特別掌編
《作品紹介》
『咎人の刻印』は小学館文庫より刊行。
主人公の神無は、愛を探すゆえに殺人を繰り返し、「令和の切り裂きジャック」と呼ばれていた。彼は美貌の吸血鬼である御影に拾われ、贖罪の道を歩み出す。現代の池袋が舞台のダークファンタジー小説。
†掌編† 切り裂きジャックとカインの灯
街にクリスマスソングが響く季節になった。
寄り添うカップルや、子供への贈り物を持って帰路につく大人、そして、盛り上がる若者達が街を行き交っていた。
そんな中、御影は日没になると、「丸ノ内に行こう」と神無を屋敷から連れ出した。
「丸ノ内なんて珍しくない? 仕事?」
「いいや。散歩だよ」
「ふぅん? 散歩するような場所だっけ。まあ、映える街並みではあるけどさ」
「おや。その様子ではご存知ないのかな?」
御影は意味深に微笑んだ。
ムッとした神無は、少し強めに御影を小突く。
「意地悪しないで教えてよ」
「いいよ。君にプレゼントしてあげる」
御影はクスクスと笑いながら、屋敷の門をくぐる。
神無は首を傾げながら続いたが、丸ノ内に到着して視界が開けた瞬間、全てに合点がいった。
「うわ……」
ずらりと並んだ街路樹が、無数の光の粒をまとっていた。
木々はどれもシャンパンゴールドに輝き、辺りを優しい光で包み込んでいる。
「表参道や新宿もいいけど、こちらも見事なものでしょう?」
美しいイルミネーションを前にして足を止めているのは、二人だけではない。
スーツを着たビジネスマンもスマートフォンを構えていたし、防寒着を着こんだ奥様方も、足を止めて歓声をあげていた。
「こっちはノーマークだったわ……。いや、見事だね……」
神無もまた、スマートフォンで光のトンネルを撮影した。どの場所を切り取っても光に溢れていて、祝福で満たされているようだった。
そんな光景に、神無の胸がチクリと痛む。大罪を犯した自分は、この光の中にいていいのかと。
罪悪感が自らを責めそうになったその時、御影がそっと寄り添った。
「この美しいイルミネーションは、君へのクリスマスプレゼントさ」
「それは昭和の口説き文句なんですけど、御影おじさん」
思わず笑ってしまった。そのお陰で、胸の痛みを忘れることが出来た。
神無の笑みを見た御影もまた、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「では、令和の口説き文句をご教授願えるかな?」
「おっと、面倒くさい大喜利が来たな」
神無はしばし考え込んだ後、期待の眼差しを寄こしていた御影の肩を抱き寄せ、スマートフォンの自撮り機能を起動させた。
「このイルミネーション、君と撮れば最高にエモくなれそう」
「ふふっ、『いいね!』を五億個くらいあげようか」
「天文学的なバズらせ方しない」
神無はシャッターを押し、ツーショット写真を撮る。神無が確認するより早く、御影が画面を覗き込んだ。
「綺麗に撮れているじゃないか。流石だね」
「任せて。御影君って、天然レフ板だから難易度高めだけど、俺にかかれば完璧に撮れるから」
得意げな神無に、「天然レフ板?」と御影は首を傾げる。
「いや、自覚なしかよ。髪も肌も白いから、光を反射しちゃうわけ。そのくせ服が黒くてコントラストが高めだから、カメラが戸惑うんだって」
「そうだったのか……。すまないね」
「まあ、いいけどさ。俺は上手く撮るし」
今も、御影の白い髪はイルミネーションの光を浴びてキラキラと輝いている。反射した光が、ダイアモンドダストのようだ。
その姿は綺麗で儚くて、光の中に溶けてしまいそうだった。
「神無君?」
御影の左目が、神無を見やる。赤い瞳は、クリスマスツリーに飾る玉のように煌めいていて、神無は言葉に詰まった。
「べ、別に……何でもない」
「そう? それじゃあ、少し歩こうか」
「……ん」
神無と御影は、肩を並べて歩き出す。背が高くどっしりとしたビルに囲まれた通りを歩きながら、神無はぽつりと尋ねた。
「どうして丸ノ内にしたわけ? 表参道や新宿のイルミネーションも、綺麗だと思うけど」
「あちらは人が多いからね。落ち着いて歩けないでしょう?」
「まあ、そうか」
丸ノ内は格式が高めのせいか、騒いでいる若者は見当たらない。神無も一人でいれば、肩身が狭い想いをしていただろう。だが、今は御影が一緒なので、心地よさすら感じていた。
「あっ」
御影が、唐突に足を止める。
「どうしたの?」
「グリューワインだ。神無君もどう?」
「んー、俺はいいや。君が飲んでるのを見てる」
神無は、近くにたたずむキッチンカーへと走る御影を見送った。
ほどなくして、御影は顔を綻ばせながら、可愛らしいカップを両手で持ちながら戻ってくる。
「ご満悦だね」
「グリューワインは毎年の楽しみにしていてね。カップも可愛いし、集めているんだ」
御影は、クリスマスツリーとデフォルメされたサンタクロースが描かれたカップを、嬉しそうに見せびらかす。その姿があまりにも無邪気で、神無は彼が年上だということを忘れそうだった。
「カップよりも、君の方が可愛いし」
神無は、御影の頭をくしゃりと撫でる。御影はそれをくすぐったそうに受け止めると、こう言った。
「可愛さなら、君も負けてないよ」
「えっ、まさかの反撃。俺は可愛い系じゃないでしょ……」
不本意だと言わんばかりの顔をしながら、手近なベンチへと向かう。神無が促すと、御影はちょこんと腰を下ろし、神無もまた、その隣に座った。
御影はグリューワインに口をつける。
温かいワインを口に含むと、彼の頬はほんのりと赤くなった。
「うん。美味しい」
「それは何より」
「神無君はお酒が好きだし、食いつくかと思ったのに」
「カップが可愛いでしょ。俺のキャラじゃなくない?」
そのカップを手にするのが気恥ずかしくて、神無は何となく避けていた。
それを聞いた御影は、そっと自分のグリューワインを神無に薦める。
「カップは僕が持つから、ワインは君にもあげる。飲んでごらん?」
「ん、さんきゅ」
神無は促されるままに、ワインに口を付けた。芳醇な香りと、グリューワイン独特の温もりが、口内にふわりと広がる。
「あー、確かに。美味いわ、これ」
「でしょう?」
「アルコールが結構トんでる感じがするけど、身体が温まっていいね」
神無の感想に、御影は満足そうだった。
「気に入ったのなら、全部あげる」
「いや、それは流石に悪いし。でも、シェアして貰ってもいい?」
「勿論」
二人はグリューワインを分け合いながら、煌々と輝くイルミネーションを見つめていた。ときおり吹くビル風は刺すように冷たかったが、ワインのお陰で芯まで冷えることはなかった。
「御影君」
「うん?」
神無は、イルミネーションを眺めながら、呟くように言った。
「また来年も、君とイルミネーションを見たいな」
「喜んで」
御影もまた、輝く木々に目を細めながら応じる。
彼らに、それ以上の言葉はいらなかった。
ワインの温もりと、相棒のあたたかさが心地よい。
そんな穏やかな時を、無数の光の下で、肩を並べながら静かに過ごしたのであった。
あとがき。
twitterでアンケートをした、「クリスマスといえば」の結果です。
現実の今年はイルミネーションが少なめですが、物語の中で少しでも楽しんで頂けますと幸いです。
なお、担当さんの許可は頂いております。