【咎人の刻印】Kanna Birthday SS
《作品紹介》
『咎人の刻印』は小学館文庫より刊行。
主人公の神無は、愛を探すゆえに殺人を繰り返し、「令和の切り裂きジャック」と呼ばれていた。彼は美貌の吸血鬼である御影に拾われ、贖罪の道を歩み出す。現代の池袋が舞台のダークファンタジー小説。
8/5にシリーズ2巻『咎人の刻印 ジャック・ザ・リッパー・ファントム』が刊行予定。
†掌編† 切り裂きジャックの誕生日
神無が起床して部屋を出ると、廊下に御影が立っていた。
「誕生日おめでとう、神無君」
白い髪に白い肌、血のように赤い瞳の青年は、両腕をめいっぱい広げ、包容力を湛えた笑みを浮かべていた。
「そっか。今日は……」
神無は他人事のように思い出す。
今日は七月二十七日。自分の誕生日ではないか。
「ん、ありがと……」
「浮かない顔だね」
御影は、神無の顔を覗き込む。陶器人形のように美しい貌が間近に迫り、神無はたじろいだ。
「だって、俺が生まれない方が良かった連中なんて、いっぱいいるでしょ」
神無は苦笑する。
彼の手は、数多くの被害者の血で染まっていた。骸となった被害者達も、彼と出会わなければ今頃、何処かで元気にしていただろうに。
彼は、多くの人間の未来を奪ってしまったことを自覚していたし、後悔もしていた。自分さえいなければ、と思うことは少なくなかった。
しかし、御影は悲しそうに表情を歪めたかと思うと、神無の頬をそっと撫でる。
「そんな悲しいこと、言わないで」
「御影君……」
御影のひんやりとした手のひらが、心地よかった。神無がその感触に身を委ねそうになった瞬間、御影は神無の身体を抱きすくめた。
「ちょ……」
「誰が何と言おうと、僕は君と出会えてよかったと思っているから」
重なり合う二つの身体。御影の心音が、神無の心臓に伝わって来る。
神無は自然と、御影の背中に手を回した。
「有り難う、御影君……」
そう返すので、精一杯だった。御影の生への祝福が、存在の肯定が、神無にとって何よりも嬉しかった。
神無は、親にすら誕生日を祝われた記憶がなかった。友人達が祝ってくれても、そのことがずっと心にしこりを作っていた。
だが、こうして御影に受け入れられ、彼の心音との二重奏を感じていると、しこりも些細なものに思えて来た。
不思議な感覚だな、と思わず御影の頭に触れる。彼の髪は絹糸のように柔らかく、指先をさらりと撫でてくれた。
「ふふっ、元気出た?」
神無の腕の中で、御影はくすぐったそうに微笑む。その無邪気な笑みにつられて、神無も笑った。
「うん。お陰様で」
「良かった」
御影は神無からそっと離れ、食堂へと足を向ける。
「今日はモーニングから豪勢にしてみたんだ。その後、君がやりたいことをして、君の行きたいところに行って、ランチは君の食べたいところで食べて、僕が腕によりをかけて作ったディナーの後は、特製のバースデーケーキを食べよう」
「それ全部、御影君が付き合ってくれるわけ?」
「勿論。今日はめでたい日だからね。愛でたい君と一緒に過ごすのは当たり前でしょう?」
「誰うま」
神無は、笑いながら御影について行く。彼のプランニングだけで、既に最高のプレゼントだと思っていた。
「手作りバースデーケーキとか、初めてかも」
「そうかい? 八号サイズで作ったから、思う存分、堪能して欲しいな」
「パーティーサイズ!」
八号サイズと言えば、直径二十四センチだ。神無は思わず、目を剥いてしまった。
「僕とヤマト君も一切れ頂きたいんだけど、構わないかな?」と御影は首を傾げる。
「いや、一切れと言わず、三分の一にしない……?」
神無の声が思わず震える。
「僕もヤマト君も、三分の一は食べ切れないし」
「俺もですけど!?」
三分の一で、おおよそ、四号サイズのワンホール分だ。コンビニでクリスマスケーキを売っていた神無は、その大きさをよく知っている。ケーキ単品なら食べれなくもないが、その前に御影が気合いを入れたディナーを食べるとなると話は別だ。
「まさか御影君、俺を太らせて食べる気……?」
「食べたら無くなってしまうから、そんな勿体無いことはしないよ」
御影は妙に説得力がある理由を述べながら、悪戯っぽく微笑む。
「……ディナーの時は、東雲ちゃんも呼んでいい?」
「いいね。賑やかなパーティーにしよう」
御影に快諾され、神無は胸を撫で下ろした。東雲の力を借りれば、気合が入り過ぎたケーキも完食出来るだろう。
「ふふっ、楽しい誕生日になりそうだね」
「御影君の方が嬉しそうなの、可笑し過ぎるんですけど」
「そう? 神無君も、とても嬉しそうだけど」
「ふーん」
御影の指摘に、素っ気ない素振りを見せる。
口角が自然と緩み、締まりのない顔になっていそうだったけれど、神無は敢えて、素知らぬふりを決め込んだのであった。
あとがき。
愛でたい日のお話です。(担当編集者さん公認)
せっかく誕生日を公開して貰ったので、お誕生日のエピソードも書いてみました。
獅子座の主人公である神無君は、2巻も血まみれになりながら頑張るので、応援してやって頂けますと幸いです。