雨の日はレモンで祝祭
健康診断のエコーでベッドに横たわり天井を見ながら思い出した事は、ちょうど1年前に体重2キロ増加を突き付けられて、ヘルシーな食事をとらねばとレモン鍋を作った記憶でした。
生命が脅かされるほど苦いレモン鍋をうみ出したあの出来事は“ほろ苦い記憶”どころの騒ぎではなく、今でも思い出すたびに「あれは毒が盛られていたに違いない」と私の舌が怯えるほどです。
あれから1年。
あの忌々しい2キロを減量するどころか3キロ減量してなお、そのまま1年間キープするという偉業を成し遂げ、私は自分を最大限に褒めちぎり甘やかしたい気持ちでいっぱいでした。
どうやって甘やかしてやろうか。
今一番欲しいものを買って、甘いお菓子を焼きまくろうか。
苦い苦い鍋苦行から、とんでもない甘やかしに昇格やで。
よく頑張ったやろ、なぁ?
誰もおらんかった。
数日後、以前から待ち望んでした近藤文さんの陶展へ足を運びました。『趣佳』さんという小さなお店で開催されている個展で、2年ぶりだそうです。近藤さんの器はふっくらと描かれた唐草模様が特徴的で、私は小さなお皿を1つ所有しているのですが、この機会にいくつか欲しいと考えていました。
お目当ては告知のInstagramにアップされていた器で、とても不思議な形をしていましたので、どうしても現物を見たかったのです。
お店に訪れるとご本人が在店されていました。
私は少し緊張して「あの、今朝、近藤さんの器に梅干しを置いて朝ごはんを食べてきました」と、口走りました。
梅干しのくだり完全にしくってる。
そして、気になっている器についてどのように使うのがいいでしょうかと尋ねました。
すると、例えば中国茶の茶器をセットで置いてもいいし、フルーツを置いてもいいし、お菓子を置いてもいい、少し高さのある器なので特別感が演出できるとのこと。さらには、年末に鏡餅を飾っても面白いかもしれないと、とても自由な発想で心が躍るような使い方をたくさんアドバイスしてくださいました。
私は迷わずその器を手に取り、もう1つ別のお皿と合わせて購入した後、お店を出て大通りを歩きながらその不思議な形をした器にどんなお菓子を焼いて並べようかと考えていました。
雨がしとしと降っていました。
しとしと、しとしと、しとしと…シトロン。
シトロンといえばレモンじゃないか。
レモンといえば鍋苦行じゃないか、違うわ。
ダジャレ的ひらめきを普段から大切にしている自分としては、もうレモンのお菓子を作ること以外考えられません。
悩んだ結果、とんでもない甘やかしに選ばれたお菓子は『レモンマフィン』と『レモンクッキー』となりました。器にとても合いそうな気がしたのです。
レモンは皮ごと使いますので、『皮ごとそのままレモン』という商品を選びました。
まずはレモンマフィンから。
バター、砂糖、牛乳、レモン汁でできた生地にレモンの皮をすりおろして混ぜ合わせたら、薄力粉も加えます。
生地ができたらマフィンの型に入れ、上に輪切りのレモンを乗せます。
輪切りのレモンも苦いので油断は禁物です。(経験談)
私の持っているマフィン型は6個分なのですが、ここへきてレシピに“マフィン型3〜4個分”と表記されている事に気がつきました。
2つ空きのまま、180℃に熱したオーブンで30分焼きました。
いつもですと甘い香りが漂ってくるのですが、レモンを使っているからなのか少し様子が違います。若干の不安を感じつつ、焼き上がりの合図と同時にオーブンから取り出しました。
おいしそうです。しかもレモンがお菓子としての可愛らしさを倍増させているようにも思います。
続いてクッキーです。
レモン汁や皮をすりおろしたものを混ぜた生地を作り冷蔵庫で1時間寝かせた後、クッキー型で抜いていきます。
今度は170℃に熱したオーブンで20分焼きました。
クッキングシートと寸分違わない色の地味なクッキーが焼けました。
しかしここからレモンアイシングでメイクアップしていきます。
誰しも素顔は地味なものなのです。
レモンアイシングは、粉砂糖にレモン汁を混ぜたものでそれは片栗粉に水を混ぜたものととてもよく似ていました。
レモンの皮とピスタチオを細かく刻んだものを少しあしらうと、黄色とグリーンが白いアイシングと共に爽やかさを演出してくれて、とても素敵です。
私はここで過去の経験も含め、1つ気づきを得ました。
粉砂糖かアイシングかけたら見栄えは何とかなる。
アイシングか乾くのを待ってから、いよいよ近藤さんの器にお菓子を盛り付けます。
まずはマフィンだけの撮影会。
続いてクッキーだけの撮影会。
最後にマフィンとクッキーの合同撮影会です。
私は器にイメージしていたお菓子を盛り付けられた事にとても満足し、そしてしみじみと器の美しさを感じていました。
一通りお菓子を堪能した後、“クッキーを一口サクリと噛みました”とnoteに書こうとして、高村光太郎『レモン哀歌/智恵子抄』でレモンをがりりと噛んだというあの場面の、どうしようもない悲しみの間際をふと思い出しました。
レモンは喜びにも哀しみにも似合う。
そう思わん?なぁ?
誰もおらんかった。
今日はレモンで祝祭です。
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