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青とキンモクセイ

 夢みたいな色のスイートピーを買ってきた。黄色とピンクの淡いグラデーションが砂糖菓子みたいにゆるやかに広がっている。花瓶に飾ろうと真っ白い包装用紙を剥がすと内側にべったりと黄色い水が塗り付いていた。人造の夢みたいだ。でもだからどうしたっていうぐらい綺麗で、何度みてもうっとりとしている。


 今日はたくさん失敗をして上司に迷惑をかけた。数字が本当に苦手で、そのうえそそっかしいからトンデもない書類を生み出すことがある。自分で自然現象のように言うことでちょっと罪悪感から逃げだそうとしているが、そのトンデモナイものの生み出し手は私だ。数字が苦手、の部分は生来もうどうしようもないだろう。せめてそそっかしさをどうにかしたいと付箋で「数字は人一部丁寧に!」と書いてパソコンに貼って置いた。しばらくしてから倍を部と書いていることに気がつく。
(そういうところだぞほんとに……。)
 自分しか被害を被らないミスに安堵し、そっと書き直す。ふせんの残りがあと一枚。

 高校一年生の文理選択をする大事な面接は三秒でおわる勢いで。私が「ぶ…」と言ったぐらいで担任の先生は「そうでしょうね、文系で」と頷いていた。 
 全くもって異論はないのだけれどむうっと腹が立つ。でも明らかに数字が出てきた瞬間ちんぷんかんぷんになる脳みそはとっくの昔に担任に露呈していただろう。理科もいろいろあるけれど、生物と地学は大好きで、科学と物理がてんでダメだった。数学はもっと無理。なにを言っているのかわからない。担任は数学の先生だった。数字が出てきた瞬間口からよだれを垂らす生徒の気持ちなんてわからなかっただろう。わたしもついぞ先生の気持ちはわからず、最後まで苦手なまま終わった。 
 中学校までは週刊少年ジャンプのごとく先生たちが大人として振る舞ってくれていたけれど、高校になったら先生たちが急に人間として目の前に立ち現れてびっくりした。恵まれた小中だったのだと思う。高校生で急におとな、というか人間不信が進行した。怒鳴られたり、机を蹴られたり。こどもって大人を完璧に思うじゃん?それが一気に崩されたもんだから、高校は嫌いだった。

 高校の象徴はみっつあって、噎せるほどのキンモクセイと青い床、飲むこまれそうな河。
 私には全部にがい。

 このまえ高校で担任だった先生とすれ違った。コート姿の先生はカルディでうろちょろと買い物をしていた。何を買ったのだろうか。高校生のときはちっとも想像なんてしてやらなかったけれども、先生にも生活があるのだなと思った。

 だからどうしたとも、未だ思う。

 先生と生徒、おとなとこども、こちらが容赦しなければなのか。
 恨んだりはしちゃいないけど、ちょっと眉間に皺を寄せて話すぐらいがちょうどいい。

 秋、キンモクセイのにおいがすると息を止める。


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