心持ちセントバーナード
何もしない、をするのにハマっている。
体勢はなんでもいい。座っててもいいし、横になっててもいい。ただ目は瞑らず、ぼぉっと虚空を見つめて、息を吸って吐く。
息を吸って吐く、を繰り返す。
ほんとは目を閉じてもいいのだけれど、そうすると十中八九寝てしまうから目は開けておく。
何もしない、だから、寝ることもしないようにする。
しいていうなら呼吸と、ちょっぴりの考え事だけする。ポンポン出た言葉を、そのまま空に放つ。
酸素がからだを巡っていく感覚が心地良い。
綺麗に呼吸ができると、なんだか吸い込む空気は甘くて、出される空気はとろりと重い。
きっと光合成ってこんなかんじなんだろな、って花瓶に咲く黄色い花をチラリと見る。
それからまた視線を部屋の角に戻して、息を吸って吐く。
犬みたいだなと思う。
うちで飼っていたベリーはよく、ふすふす鼻を鳴らしながら窓のそとをぼぉっと眺めていた。
ぺったりとコンクリートの床に寝そべって、黒くてきれいな、まんまるい目をゆっくり瞬かせていた。 ちょうどエアコンの風が当たる場所で、ベリーは丸くなっていた。なにやら考えているのかしら、と尋ねると彼女は真剣な顔をしてくれた。悩み事も難しい顔をして聞いてくれた。
ふともう一度ベリーをみるとたいてい「お昼寝」になっていた。
あおむけに寝て、息を吸って吐く。
腹のうえにベリーがいるような気分がして、私もふすふす鼻息を荒くしてみる。
いつも脳みそにいろんな情報をぱんぱんに詰めしこんでいないと不安な気がしてしまっていた。
休憩するにも本を読んだりスマホを弄ってインスタにツイッター。フランクでファストな情報で埋められると嫌なことを考える暇もなくてよかった。
でも目も脳も疲れるし、心も疲れた。
休みたいのに更に疲れたばかりいた。夜もぐっすり眠れなかった。
なにもしていない自分は前に進んでいない気がして嫌だった。
でも何かをしていたところで、前に進んでいるわけではなく、自分を痛めつけているだけだった。
二週間ほど前、ほんとは美容室の予約をしていたのだが、親戚関係が慌ただしくなり予約をキャンセルした。
もうだいぶ落ち着いたから予約を取り直せばいいものの、こんどは体調があんまり絶好調ではなく、長く自由に身動きがとれないところに自分を置きたくない。
かわいくありたい、でも今は美容室のタイミングじゃない。
プリンだよな…と鏡で自分を見つめていて、気がついた。
セントバーナードだ。
ちょっぴり、でもしっかりな面積の黒に、明るめの茶色。
わたしのあたま、セントバーナードみたい!
そう気付いてしまうと地毛のけっこう見える頭も可愛く見えてきて、鏡のまえでピースなんかしてみてみちゃう。
しばしセントバーナードでいようと心に決めた。
ベリーはまっくろのラブラドールだった。
いまのわたしはちょっと犬っぽいし、ベリーを見習ってのんびりできる気がする。
コンクリの床はない一人暮らしのマンションで、ぺったりと自分のまくらにほっぺをつけて、ひとつ伸びをする。
今日もぽんやりと虚空を見つめて「何もしない」にいそしむのだ。