見出し画像

枯渇チョコレート

 ラインをしていた友達がアイスを買いに行った。正直羨ましい。にんにくマヨで和えた人参のサラダはどうしようもなくコッテリとしていて、サッパリとした甘さを求めるのは必然である。わたしもアイスを買いに行こうかしらとバッグを握り廊下に出る、も、寒さと暗さに気が滅入りドアを開けること無くUターンした。選択肢として浮かんではいたけども面倒だなと思っていたリンゴが最有力候補に躍り出る。ちょっとキツいコンバースを履いて寒い中震えながら品揃え少なめなコンビニを目指すより目の前のリンゴを剥くおうが遙かに楽なことに気付いた。しかも経済的。しょりしょりと皮をむいて薄切りにする。なんとなく皮付きのも用意して食べ比べることにした。
 サンふじのシールが輝く。

 無類の甘い物好きだ、たぶん。認めるのがなんだか癪だからたぶんと言っておく。スイートタングのほうがなんか可愛い気がするからそっちで呼ばれたい。ご飯のあとはできたら甘いデザートで締めたいと思うし、三時のおやつは食べたい。なんなら朝ご飯が早くて昼前のほうがお腹が空くから、十時のおやつも食べたい。職場はおやつを食べいい環境なので、十時から十時半あたりでおもむろにお菓子を取り出して食べている。意識が高いときはナッツやトマトジュースがおやつだ。でも脳みそが乾いているときはやっぱりチョコレート。じゅんわぁぁっと脳みそに広がる感覚が胃ではなく脳が枯渇していたことを気付かせる。

 いままで美味しいチョコレートを貰ったり、つくってもらったり、買ったり、色々と食べてきた。わたしがバレンタインデーに作ってあげた記憶もある。でもそんな甘い記憶を押しのけるチョコレートがいる。あの、ガーナのファミリーパック。ちっこくて赤いヤツ。
 あれは入社初日のこと。コロナが世界的に流行し始めた年の四月。卒業式も入社式も執り行われず、節目を感じないまま社会人になった。
 部署内の簡易入社式的なもの、本来一週間でする研修を二時間にしたものを一応受け、私ははや半日でデスクに座ることになった。何もわからない。緊張でガチガチの中、与えられた作業をなんとかこなして一日目を終了した。
 その夕方、あと少しで終業間際のときに隣の先輩がチョコをくださった。ファミリーパックの赤いガーナ。とっても小さいヤツ。今でも覚えている。あれを食べたときの気持ち。こわばっていた全身から力が抜けて、かすんでいた目の焦点が合った。遠のいていた音が形になって耳に届く。染みた。甘いものは染みるのだ。今までも疲れたときは甘いもの、なんて言って食べてきたけどそれの比じゃ無い。キマるに近い。

 それ以来、疲れた人にはチョコを渡している。ちなみにイライラしたらポッキーかじゃがりこだ。カリカリではなくガリガリしなされ。

 リンゴは食べ終えた。サンふじは甘くておいしかった。たくさん食べたいから、健康的な甘さも楽しむ。でもチョコ語りをしたら食べたくなったので、ひとかけだけ食べて寝る。

いいなと思ったら応援しよう!