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第二章 石神 第5話

「あれ? 今日は早引けするんじゃなかったの?」

 白の研究室のドアを開けると、白が驚いたように顔を上げた。机の上には分厚い原稿用紙の束がいくつも積み重なっている。おそらくゼミの学生の論文だろう。

「すみません。先生に相談したいことがあって」

「何?」

 手に持っていた論文をデスクに置き、白が指を組んだ。期待しているのが手に取るように分かる。

「後から、新城さんが来ます」

 白が目を大きくする。

「どうして」

「彼女が生首を夜な夜な見るから、どうにかしてほしいって言ってきたんです」

「生首?」

「ざんばら髪の」

 そこまで聞いた白が目を細めた。

 白は幽霊を信じるタイプではないのだろうか。そうだとしたら、相談を持ちかけたのは失敗だったかも知れないと、山田は内心焦った。他にお化けを信じていて解決しそうな人物を知らなかったからだ。

「ふーん。彼女、あの石像群の何かに祟られでもしたのかなぁ」

「あそこの石像のせいですか?」

「恋結び地蔵はもちろん。他にも罪人の供養塔もあると思うし。踏み荒らせば何かあるだろうね」

「貝塚の生首ってことですか? でも、場所が違うんじゃ。まさか、その供養塔もあの一角に移設されてるんですか」

 山田は驚いた。そんな雑なことをしていたら、化けないものでも化けて出そうだ。

「前に、あの石像群について三つの説を言ったよね」

 確かに、白が一度石像群について調べたことがあると言って、自説を展開してみせた。

「慰霊碑、供養塔、石神」

 三本指を立てて白が言った。

「正直言うと、最初の慰霊碑に関しては証拠自体ないから、噂止まりでしかない。はっきりしてるのは供養塔。後は推測として石神、環状列石の一部」

 説に新しい文言が並んだ。

「はちまきさんの、環状列石も、ですか」

「一応ね。なんだか面白いね。君が来てから、この手の話がやたら集まってくるなぁ」

「そんなことはないと思います」

 怪異現象とか心霊現象が、山田のせいで起こっているわけではない。たまたま、その手の話が転がってくるだけだ。

「思うに。君に憑いてる綿子ちゃんのせいかな」

 そう言われて、なんだか綿子を馬鹿にされたような気がした山田はむっとした。

「綿ちゃんは関係ないですよ」

「そうかなぁ……。それか、引き寄せ体質なのかもね」

 要は、山田が心霊的なものを呼び込んでいるのだと言うことか。

「今までこんなこと一度もありません」

 白がニヤニヤと笑っていたが、山田を指差して指摘する。

「この前、変な化け物を見たと言ってなかった? 白い服の女のようなもの。この大学には、不幸な死に方をした白い服の女が徘徊するっていう七不思議がある。それに、その元ネタかもしれない、女性の死」

 山田は想像力豊かな白の言葉に呆れる。

「それは偶然ですよ」

「そうかなぁ、興味深い。その白い服の化け物、なぼうかもしれないし、この世に未練を残した幽霊かもしれない。想像が膨らむよね。想像するのは自由だよ」

「まぁ、そうですけど」

 白が立ち上がり、マグカップを二つ取り出してコーヒーを入れた。一つを、山田に手渡す。

「まぁ、気楽に考えよう。これは論文じゃない」

「はぁ」

 白に座ってと促されて、山田は椅子を引き寄せて腰掛けた。冷たくなった手のひらに、マグカップの温かさが染みる。

「とりあえず、なぼうに取り憑かれてる弓美さんが来るのを待とう。しかも、今度は罪人の霊にも取り憑かれてるし、彼女、気の毒だねぇ」

 全く気の毒に思ってなさそうな表情で白が言った。


 弓美が来るまでの間、学生の論文のテーマで面白かったものについて、白の感想を聞いていた。

 一時間経って、さすがに山田も疲れてきたところで、ドアがノックされた。

「失礼しまーす」

 ようやく、弓美が現れた。弓美のことが苦手な山田でも、彼女が来たことでほっと一息つくくらいには、白の蘊蓄は長かった。

「やぁ」

 白が手を上げると、弓美が可愛らしく頭を下げる。

「悩み事を聞いてくれるって言われたんで、来ましたぁ」

 自分が如何に可愛いか知っている顔で、にこりと微笑んでみせる。

「聞いてるよ。罪人の生首が出るんだって?」

 白の言葉に、弓美が小首を傾げる。

「罪人?」

「そう。昔、処刑場だった場所に埋められた罪人の首が出てるんだよね?」

 初めて聞いたせいか、さも驚いている様子で弓美が声を上げる。

「罪人の生首なんですかぁ?」

「今のところ、それしか思いつかない。それに君、なぼうにも取り憑かれてるし」

「なぼう?」

 弓美が眉を顰める。

「生首だけじゃないでしょう。悩みって」

 弓美の視線が山田に移る。すぐに笑いながら、白に目をやった。

「なぼうってなんですか?」

「なぼうに行き逢はば、生臭き風に当たり首しくす」

 よく分からないと言った表情で、きょとんと弓美が白を見つめた。

「君の体臭。なぼうに行き逢ったよね」

 今度ははっきりと、険しい目つきで弓美が山田を見た。

「ぼくは言ってない」

 慌てて山田が否定した。はっきりと指摘した白を睨んだ。

「その左目も、なぼうに行き逢った証拠だよ」

 弓美がぶっきらぼうに言い放つ。

「私、生首の相談に来たんですけど」

「臭い、困ってないの?」

 すると、弓美は口をつぐんだ。

「なぼうに行き逢ったの、君だけじゃないよね」

 今度は山田が目を丸くする。

「山田君が話してくれたんだけど、金木さんもなぼうと行き逢ってるよ」

「ええ?」

 思わず驚いて、山田は声を上げた。

 弓美が訝しげに眉を顰める。

「自殺した金木さん、あの夜、なぼうに行き逢ったんだ。君は金木さんの後に恋結び地蔵に細工するかして、なぼうに取り憑かれた」

「な!」

 弓美が顔を赤くして声を上げた。

「何を根拠にそんなこと言うんですか」

 山田は自分が話した内容を、白が、まさか弓美に話すとは思いもよらず、二人を交互に見ているしかなかった。

「山田君が教えてくれたから」

 すると、弓美がものすごい形相で山田を睨みつけた。

「いい加減なこと、言わないで! 証拠はあるの?」

 証拠。確かに証拠はないが、山田はあの夜のことを覚えている。ショートヘアの女性と、肩まで伸ばした髪の女性。

「金木さんって髪が短い女性でしょう? いつも君といっしょにいたって聞いたよ。それとこの半紙。金木さんの名前が書いてある」

 白がボードに留めた半紙を指差した。

「どこでそれ」

 怯えるような表情を浮かべて、弓美が呟いた。

 その表情を見た白が、目を細める。

「そっか。これ書いたの、弓美さんなんだね?」

「え!」

 今度は山田が声を上げるはめになった。

「これは想像だよ。想像は自由だ。金木さんの名前の半紙を、何故、君が恋結び地蔵に貼ったのかは分からない。でも、金木さんの貼った半紙を剥がしたのはなんで?」

「答えたくありません」

 ふむ、と白が指を顎に当てる。

「まぁ、個人の自由だし、言及しないよ」

 山田は、頭の中で事態を整理してみる。要するに、最初に金木の名前を地蔵に貼ったのは弓美。金木が願掛けで貼った半紙をどうかしたのは弓美。

「それでたまたまなぼうに行き逢ったのかなぁ。なぼうはなんで現れたんだろう?」

「何よ、なぼうだかなんだか知らないけど、好き勝手なこと言うな!」

 弓美は相手が准教授だろうと関係ないようで、白を罵った。

 反対に山田の方が慌てて、弓美をなだめた。

「うるさいわね! あんたがこいつに余計なこと言ったからだろ!」

 白は考え込むように口を尖らせていたが、弓美に向き直って、落ち着いた声音で言った。

「まぁ、生首は供養塔に謝ればなんとかなるんじゃないかなぁ。でもなぼうは分からない」

「はぁ? この臭い、消せないの? 役立たず!」

 その様子を見て、白が困ったようにくしゃくしゃと頭を掻いた。

「役立たずかぁ」

 弓美の言葉に、白が眉をハの字に下げて笑った。

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あおさとる🐱藍上央理🐱大野ちた
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