ぐひんの山 第六章 かんすさび
正月はいつまで正月と言っていいのだろう。三日までと言うものや七日まで、どんと焼のある十五日。松の内までという地域もある。
陽菜は十二日が松の内の最後の日だと教えられた。何故、こんなことを覚えているかというと、元旦に着たきれいな着物を、『かんすさび』をする日に祖父から着させられて言われたのだ。
夕暮れ時、祖父は陽菜を蔵の前に連れていき、しゃがみ込んでやわらかな長い陽菜の髪を撫でつける。
『今年で十二年目やけ、陽菜は蔵でかんすさびばせないかん。今日は朝までかんすさびばできるか?』
陽菜は祖父の言葉に強く頷いた。
『うん。陽菜一人でできるよ』
『大役やけん、がんばらんといかんぞ』
『うん』
大役と聞いて陽菜も張り切っていた。
『陽菜が上手にかんすさびば出来たらいいなぁ』
祖父がしみじみと心配な口ぶりで言った。
『上手に出来なかったらどうなるの?』
『かんすさびが上手にできんかったら、連れてかれるんっちゃ』
祖父と一緒に、ジュースとたくさんのお菓子を持って、蔵の中に入った。蔵の中は明かり取り以外に窓はなく薄暗いが、それを割くように夕日の赤が明かり取りから差し込んでいた。その赤い光の下にひな壇のようなものがあり、きれいな木箱が置かれていた。木箱が血にまみれているように赤く染まっている。
『おじいちゃん、これ何?』
振り返ると、難しい顔をした祖父がいた。木箱については何も言わず、しゃがみ込んで陽菜に優しく言い聞かせる。
『かんすさび、上手にするんだぞ。ほら、お菓子ば食べり』
手渡されたチョコクッキーを、疑問も抱かず受け取った。陽菜は木板の床に座り込み、無邪気にクッキーの封を破った。いつもならご飯前にお菓子を食べてはダメと言われているだけに、今日は特別な日だと感じて嬉しかった。
『一人でも大丈夫か?』
大丈夫だと陽菜は答え、クッキーを頬張った。実際に、陽菜は暗がりくらいで怖がらない子だった。元々山裾にある家なので暗くなるのが早く、西日が当たらないので昼間でも肌寒い。蔵の中に暖房器具を置けないので、寒さをしのぐために掛け布団も置いてあった。着物の上から綿入りの半纏も着せてもらった。
『寒くないか?』
『寒くないよ』
『じゃあ、じいちゃんは外ば出るけぇ、明日の朝までかんすさびばせないかんぞ』
祖父はそう言って、蔵から出て、がちゃんと閂を掛けた。
陽菜はクッキーを食べながら、背後に置いてある木箱を振り返る。お菓子を置いて木箱を持ち上げる。木箱はきれいな細工物で、幾何学模様が六面に刻まれていた。振ったらコツコツと何か入っている音がした。
記憶はそこで途切れ、陽菜が次に気付いたのは、扉の閂が開けられたときだった。朝日が差し込んで蔵の中を照らし出す。陽菜は自分が食い散らかしたお菓子に囲まれて寝ていたようだ。
『おお、陽菜はかんすさびが上手に出来たんやなぁ』
寝てしまったので、『かんすさび』がどんなものか、陽菜は思い出せなかった。最初はお菓子を食べながら、木箱を見ていた気がするのだが、そこから先はプツンと途切れている所までは覚えていた。ちゃんと『かんすさび』が上手に出来たのか陽菜にはわからないが、祖父が喜んでいるのを見て、これでいいのだと納得した。
お菓子の空き袋が散らかった蔵の中は、祖母が掃除をした。
家に戻った陽菜はせっかく着ていた着物を脱がされて、母親からお風呂に入れられた。お風呂から上がると、祖父が陽菜のお気に入りのクマのぬいぐるみを持って待っていた。
『陽菜、一緒に蔵にきぃ』
また『かんすさび』をするのかと思ったが、様子が違う。
『おじいちゃん、わたしのクマさん、どうするの?』
祖父に言われるまま蔵に入ると、陽菜の目の前で祖父がぬいぐるみの腹をハサミで裂いた。
突然のことで陽菜は驚いて大きな声を上げた。
『わたしのクマさん!』
あまりのことにショックを受けて陽菜は声を出して泣いた。
長いこと泣いていたが、祖父になだめられて、不審そうな目で陽菜は祖父を見つめた。
『すまんなぁ、陽菜。おまえの大事にしとる人形やないといかんのんちゃ』
そう言って、祖父が陽菜の髪の毛を少しだけ切ってぬいぐるみの裂いた腹の中に入れ、陽菜の名前と年齢を書いた木札を押し込んで縫い付けた。
『それどうするの?』
陽菜は訝しげに訊ねた。
『陽菜、かんすさびはもしかしたら陽菜が最後かもしれん。陽菜のあと、かんすさびばする子がおらんようになったけ、この人形が陽菜の代わりをするんちゃ』
ぬいぐるみをひな壇の前に置き、祖父は陽菜の手を取り、蔵を出た。外に出ると蔵の扉を閉ざして、大きな閂をガチャンと掛けた。
『かんすさび』のあと、すぐに祖父は末期がんが見つかり、入院して一ヶ月で亡くなってしまった。
だから、今となっては『かんすさび』がどんな儀式だったのか、ぬいぐるみが代わりをする意味がなんなのか、わからないままだ。
聡が死んでから四十九日も明けやらない晩秋の夜に、真弓からビデオ通話がかかってきた。
陽菜は課題のレポートも書き終え、テレビを見ていた。そろそろ入浴しないと、と思っていた矢先だった。
通話ボタンを押すと、スマートフォンの画面に真弓の不安そうな顔が映し出される。家の中ではなく、どうやら道を歩いているようだ。それも明るい繁華街ではなく、闇迫る住宅街の路地のような場所に見えた。頼りない街灯とスマートフォンのライトが辺りを照らす。真弓はキョロキョロしながら怯えた様子で口を開いた。
『いぬあたまが……、付いてきてるのっ。いぬあたまが近くにいる……! お願い、電話切らないで。家に着くまで電話切らないで』
追い詰められて怯えるウサギのように、ビデオの画面が恐怖でカクカクと小刻みに揺れている。
とっさに、真弓が変質者かストーカーに付けられているのかと思った。
「真弓、電話切らないから、このまま話を続けよう」
『う、うん』
怯える真弓がこくこくと頷いた。
真弓とビデオ通話で話しながら家に着くまで相手をしていたが、真弓の言う、『いぬあたま』という言葉が理解できなくて訊ねた。
「真弓ちゃん、『いぬあたま』って何?」
『いぬあたまって、二年前、あたし達の夢に出てきたやつ』
覚えてないの、と真弓が陽菜を責めた。
「覚えてるけど、気のせいってあのとき言ってなかった?」
『言った。言ったけど、あのときはそう思ったのよ』
あれは間違っていた、と真弓が言い訳する。
『最初は夢だけだったの。本当に気のせいだと思ったのよ。でもこの間村に帰省してから何度も見るようになったの。ザザザザって気味が悪い音が、起きててもするようになって、特に夜になったら影が見えて……。陽菜は見てないの?』
真弓にそう言われて、陽菜は首をひねった。あれ以来夢を見た覚えがない。ましてや、現実に現れたということもない。
「わたしは見たことない」
真弓が非難する。
『甕を持って帰ったのに、なんで見ないの!』
「わたしが持って帰ったとき、甕にあの骨は入ってなかったんだよ。だからじゃない?」
え? と真弓が声を上げた。
『骨がなかったの? 誰が持っていったの……』
「わからないけど、警察か村の人か……」
画面の向こうの真弓が背後に映るベランダの外を気にしている。
『あたし、あの甕に呪われたと思う。あの骨は呪いか何かだったんじゃない?』
それを聞いて、陽菜は真弓をなだめた。
「呪術的ではあったけど、呪われるって……。それはないんじゃない?」
すると、真弓が声を荒げる。
『じゃあ、あたしが見た、いぬあたまってなんなのよ! 音だってちゃんと聞こえてるし、あたしが嘘言ってると思ってるの?』
画面越しの真弓が表情を歪めた。元々気が強いほうではあったが、こんなふうに怒鳴る性格ではない。
「嘘だなんて言ってないよ。でも、真弓ちゃん、ちょっと疲れてない? 毎日、雑誌の仕事とかあって大変なんでしょ?」
通話をしているほんの少しの間に、真弓の顔がだんだんとやつれていく。
『陽菜は大学でこういうのに詳しい勉強してるんでしょ? 何が起こってるの? 陽菜ならわかるんじゃない?』
真弓がすがるように陽菜に懇願した。
感情の起伏が激しく、いつもの勝ち気な真弓とは思えない。
「ねぇ、真弓ちゃん。そのストーカー? どんな格好をしてるの? 警察に通報しよう」
「ストーカーなんかじゃない! 頭が犬なの! 体は人間なんだけど、子供みたいだった。手に鉈か何か大きな刃物を持ってて、暗いところに立ってるのよ。最初はビルの隙間とかに立ってるだけだったんだけど、最近は夜とか家に帰ってる途中、後を付けてくるの」
「犬の頭のマスク被ってるのかなぁ……。服装は?」
「あ、あたしの言うこと、信じてないんでしょ! 化け物なんだから服なんて着てないわよ!」
陽菜は真弓の剣幕に押し黙り、恐怖を肯定することにした。真弓が落ち着いて電話を切る真夜中までなだめすかした。
電話をようやく切って、陽菜はふうっとため息をついた。雑誌ではクールビューティというキャッチフレーズを使われがちで、実際に幽霊とかそういうものを全く信じていない彼女が、あれほど怖がるストーカーって一体どんなやつなんだろう。
犬の頭に子供の体……。甕に入っていた骨と同じ組み合わせだ。確かに、札で封をしてあったことを考えると、何らかの儀式に使われただろうという想像にかたくない。けれど、これに類似する呪術を陽菜は知らなかった。
研究室のパソコンを前にして、一文字も打ち込めず、陽菜は唸っていた。
卒論と院の論文のために民話や民間伝承について調べている。特に自分の村について調べることが多いが、なかなか聞き取りが出来ずにいた。桐野家が村八分にされていたのもあり、いまだに排他的な態度を取る村民達で、論文は難航している。
背後から白が声を掛けてきた。
「また行き詰まってるの?」
「行き詰まるというか、これ以上どうしようもないというか……」
「アプローチする角度を変えるしかないんじゃない?」
陽菜の横の机にドサリと書類の束を置き、椅子に白が座った。
「わかっていることから調べるしかない。それと、『かんすさび』についても同じだ。どちらも類を見ないものだから、慎重に調べていかないとね」
お茶を入れようと、白が立ち上がった。
「あ、でも似てるかなと思う風習が東北にあるんです。おしら様って言うんですけど、これが少しですけどかんすさびに似てるんです」
お茶を急須ごと持って来て、白が空になった湯飲みに注いでいく。
「おしら様かぁ」
陽菜は自分が調べたことを説明する。
「おしら様は桑の木を使って作られた人形を指すんです。そのおしら様を一度祀った家は代々おしら様を祀り続けなければ祟られてしまうんです」
「そうだね」
「で、正月の十六日におしら遊びといって、きれいな布を着せる『オセンダク』をおこなって、一年間の吉凶を占うとされてます。カミサマと呼ばれる霊媒師におしら様を背負わせておしら遊びさせるんです。かんすさびとは、かみすさび、かみあそびが訛って伝えられた言葉だと思うんです。……で、問題はここまでしかわからないんですよねぇ」
「もっと細かいところを調べてみたらどうかな? 例えば、饗庭村で『かんすさび』をさせてるのは桐野君の家だけなのか、村の各戸でおこなわれているのか、とか。桐野君の家系だけなら、親戚の家にヒントがあるかもしれないよ」
陽菜は自分の親戚の家だと言われている廃屋の家々を幼い頃に見ていた。半ば夜逃げのように出てしまったり、血筋自体が途絶えたり、饗庭村に残っているのは陽菜の家だけになった。明治時代までは裕福で村長を務めたりしたこともあったようだ。桐野家は傍系だったが、本家や他の血筋が途絶えたため、親戚の家一帯の土地と山を曾祖父が受け継いだ。受け継げば、かなりの財産を国に税として徴収されてしまうが、曾祖父は一族の土地と山を手放さなかった。父親はそんなふうに自分の一族と先祖のことを語ってくれた。
「一度、子供の頃、廃屋に肝試しに行ったんです。大きな屋敷に蔵が一棟あって、蔦やら木が家の中を浸食していて、危ないから入られなかったんですけどね」
それに、と陽菜は続ける。
「かんすさびに関しては父も知りませんでした。記憶を辿るんですがどうしても詳細を思い出せなくて。わたしの親戚もおこなってたんですかね……? でも、気づけたこともあるんですよ。蔵の中のひな壇に木箱が置いてあって、その背後に祠があった場所が見えるんです。以前、先輩が教えてくれた、奥宮と本殿の関係性に似てるなって。木箱は祠を結ぶ装置で、その点と点を結んだ線がバイパスの役目を担ってたんじゃないか、祠に祀っている神を木箱に降ろしてたんじゃないか……」
陽菜は興奮してまくし立てた。
白は思案げな顔つきでぼそりと呟いた。
「あくまで仮説だからなぁ……。祠に祀る神と木箱の中身、もしくは木箱そのものが気になるね」
「わたしが持ち帰った甕も、いまだに謎なんですよね……。以前、先輩が言ってたみたいに蛇神を祀っていたのか、それとも別の何かを祀っていたのか……」
「なら、余計に神を降ろす装置なのか、もしくは蠱毒に使われたものなのか、見極める必要はあるかも」
「蠱毒……。呪いですか?」
「うん。虫を使った呪術だね。ニホンオオカミの頭蓋骨が入っていたことを考えたら、単純に厭魅(えんみ)が使われたと思うかもしれない」
「呪いであれば蠱毒のほうがしっくりきます。甕を開けたとき、百足が大量に出てきましたし……。もしも、甕が動物を使った厭魅なら木箱はなんなんでしょう? 二つをワンセットとして考えたら、呪いよりも神降ろしの方がしっくりくるかもしれないです。土着の神や蛇神の中には、生け贄を求める存在もいたと先輩も言ってたでしょう?」
「平良須山にはぐひん様という存在がいるんだよね?」
「やっぱりぐひん様は神なんですかねぇ……。村のみんな、誰も敬ってないですよ。化け物だと思われている節があります。山に入ったらぐひん様に喰われるっておばあちゃんも言っていたし」
「神を人間の都合で見れば、福を授けるだけの存在になるよね。でも、神には二面性があると思う。善と悪の二面性を人間側が儀式を通じて自分の都合のいいようにねじ曲げることもある。作り替えられた神はもう神じゃない。装置だ。でも装置にすら出来ない神もいる。土着の古い神は悪の性質が強いために人間はその悪性を抑える方法として、人身御供や人柱を立てる。そうやって悪性の神をなだめて、なんとか悪性が転じた善性の神になってもらう。こういった神は祀ることをやめたり忘れたりすれば、封じていた悪性が解かれて、人々に災いをなす。本来神とはそう言うものだとする考え方もある。人間がコントロールできるものではない、ってね」
ぐひんに関して、自分の勉強不足を恥じ、陽菜は肩を落とした。
「また近くの町立図書館に行ってきます。あと、郷土史家にも連絡を取ります。お寺にも何か手がかりがないか聞いてみます……」
「うん、そうしたら新しい切り口が見つかるかもしれないね」
白が湯飲みを口に運び、やや冷めたお茶を飲み、大袈裟に息を吐いた。
「和菓子があるといいなぁ」
「休憩しますか?」
「そうだねぇ……」
陽菜は自分で調べてわかったことを白に聞いてもらった。
「それと、甕の中にあった血と骨。持って帰ろうとしたときは骨がなくなっていたので調べようがないんですけど、犬みたいな頭蓋骨があったんです。教授が民俗学博物館に調べてもらった成分分析の結果ではニホンオオカミとヒトの血だったじゃないですか。それでずっと頭蓋骨が該当するものを調べてたんですけど、ニホンオオカミの頭蓋骨って、秩父辺りでは魔除けとして屋根裏に祀ってあったそうです。ほら、御坂オオカミが見つかったりしたじゃないですか」
「あの甕にはオオカミの骨と猿の胴体の骨が入ってたんだろ?」
陽菜が興奮して言う。
「猿の頭蓋骨にも信仰や信じられていることがあって、厩猿信仰ってご存じですよね? 厩に猿の頭蓋骨を祀って馬の守り神にしたって言う信仰。でも甕に入ってたのはニホンオオカミの頭蓋骨であって猿の頭蓋骨も一緒に入っていたわけじゃないってことなんです。犬の頭を切る呪いも、蠱毒の呪いしか思いつかなくて……。それに、甕を見つけた日にみんなが夢で見たいぬあたまの化け物のこととか」
ふーん、と白が腕を組んだ。
「共通の体験を通して彼らと共有した幻想なんじゃないかなぁ。たまたまという事柄を必然に結びつけて答えを出すのは危険じゃない?」
「確かにそうなんですけど……」
「ただね、ぐひんと犬の頭と山って聞いて、思い当たることがあるんだ」
陽菜がきょとんとした顔つきで白を見た。
「ちょっと待っててね」
そう言って白が資料室に入っていき、まもなくして分厚い本を持って出てきた。
「ここ見て」
パラパラと分厚い本のページをめくり、白が指さした。
そこには、水干と烏帽子を身につけた犬が描かれていた。
「これは……?」
「ぐひん、だよ。桐野君が言うぐひん様って、これだと思う」
「ぐひんとは狗賓って書いて、天狗の一種なんだ。平良須山でぐひん様に喰われるという伝承は、おそらく、天狗の伝承に見られる天狗の神隠しと同じものじゃないかな」
「狗賓って言う天狗がいるんですか。じゃあ、山岳信仰も絡んでくるんじゃないですか?」
今まで開いていたページを、白が閉じる。
「狗賓の頭はニホンオオカミだとする説もある。天狗の中では最下層の天狗という位置づけなんだけど、地方によっては天狗の中でも位の高い存在として祀られている。山岳信仰だけでなく、山で暮らす人々にとって、狗賓の存在は信仰の対象だったと言える。例えば、天狗のいる山では、枯れ木以外何一つ持ち帰ってはならないというジンクスもあるくらいなんだ」
そこまで聞いて陽菜はハッとする。
「平良須山みたいですね。ぐひんといい、入ってはいけないって言い伝えとか、元々禁足地としての側面があって信仰の対象だったんですね。そうなるとなおさら、親族の廃屋に入って、調べないと……」
「フィールドワークなしでは民俗学は語れないからね。ひたすら村で信頼を得たうえでの聞き込みだよ」
饗庭村の村民が陽菜に心を開いてくれないのはわかっているので、それは黙っておいた。ただ、一つ希望があるとすれば、饗庭村のことが記載してある郷土資料を持っている研究家に、なんとかして見せてもらうことだった。貴重なものだから貸し出しは出来ないと言われ、見せるのも忌避しているので、取材が難航していた。白から時間が経てば解決するので気長に待てと言われただけに、出来れば早く知りたいという気持ちが焦りとなって、陽菜を掻き立てる。
スマートフォンを何げに取り出して画面を見てみると、何度も真弓からメッセージが来ていた。
どうしたのかと思って内容を確認すると、『いぬあたまがいる』とだけ綴った短いメッセージが数え切れないほど届いている。メッセージの通知音があまりにもうるさくて、陽菜は通知音を切っていたのだ。慌ててメッセージを返したが、メッセージに既読も付かず、連絡も取れないまま、一週間が経ってしまった。