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第二章 石神 第6話

「白い服の女。こいつがいつも目の端にいて消えないのよ。頭がおかしくなりそう!」

 そう言って、弓美は両手で顔を押さえた。

 白い服の女。あの化け物が、弓美にも見えていたのか。山田は、弓美が見えているものが自分と同じものか知りたくなった。

「どんな女なの?」

 弓美が顔を押さえたままか細い声音を漏らす。

「顔が見えない。髪が長くて、くるぶしまでの白い服を着てる」

「手は長くないの? 臭いは?」

 山田は弓美の前に回り込んで訊ねた。

「手は普通よ。臭いはしなかった。ただその白い服の女を見てから、左目から血が出たのよ」

 白と山田が顔を見合わせる。

「血?」

 こくりと弓美が頷いた。

「病院に行ったけど、強く打ち付けないとこんなふうにならないって言われた。お医者さんは二週間で治るって言ってたのに、いつまで経っても血が止まらない。大きい病院を受診したほうがいいって言われた」

 確かに目から出血して、長く血が止まらないならば、大きな病気かもしれない。弓美も不安に苛まれていたのだろうが、秘密にしていたのは、そうなった原因が分かっているからではないのか。そのことに罪悪感を抱いているのだ。

「どうして、そうなったんだろうね」

 同じ事を白も考えていたようだ。白には何故なのか、分かっているようだった。

 山田もなんとなくさっきの様子で察してはいた。だから、弓美が告白しなくても良いと思った。本人も言いたくないだろう。

 それでも、弓は口に出さずにはいられなかったのだろう。堰を切ったように話し始めた。

「好きだったから」

 弓美が小さく呟いた。

「香梨は私の物なのに、男なんか好きになって、男なんて浮気ばっかする生き物なのに。私は浮気しない。香梨を大事にするのに。裏切った。私が最初におまじないしたのに。全然叶わなくて。そしたら段々臭くなってって。みんなが臭いって言ってるの知ってんだよ。香梨も同じになった。でも、まさか死ぬなんて思わなかった。飛び降りちゃうなんて、思わなかった!」

 そのうち、弓美は声を上げて泣きだした。

 けれど、山田は弓美を慰めようとは思わなかった。白も黙ったまま、弓美を見下ろしていた。

 泣き続ける弓美を囲んで、二人は彼女が泣き止むのを待った。

 嗚咽を上げていたが、やがて泣くのを止めて顔を上げた。白い眼帯が真っ赤になっていた。

「どうやったら、生首いなくなるの」

 ぼそりと、弓美が言った。

「供養塔に赴いて、無礼を詫びるしかないかなぁ。まぁ、そういうやり方が正しいかは分からないけど」

「謝ればいいの?」

「多分ね」

 白の言葉を、山田は疑り深く聞いていた。霊能者でもないのに、本当にそのやり方で生首が消えるというのだろうか。しかし、それ以外の方法を誰も思いつかないかもしれない。

「いつでもいいの?」

「早いほうがいいんじゃないかな」

「君、多分、供養塔の一部を踏んづけただけだと思うよ。恋結び地蔵を探すときとかに」

「ああ」

 思い当たることがあったのか、弓美が声を漏らした。

「それで、恋結び地蔵ってどれか分かったの?」

 山田は白を見上げた。白の目が輝いている。同情しているわけでもなく、慰めているわけでもなかった。この男はただ知りたいだけなのだ。山田は呆れた顔で白を見つめた。

「一番手前の大きめの縦に長い石」

 白が手を打つ。

「ああ、あの石か。どれか分からなかったから、どうしようかって思ってたんだ」

「供養塔はどれ?」

 弓美が泣きはらした目で白を見る。

「供養塔は大学の外にあるよ。そっちが本物。山田君、はちまき君が見せてくれた環状列石の地図。あれの青い丸がそうだよ」

 それを聞いて、山田は驚いた。あの青い丸の一つが環状列石ではないと、白には分かっていたのか。

「でも、青い丸は侵入できない私有地って」

「一度調べたって言ったでしょう? 私有地でも持ち主に許可を取れば入れるよ」

 確かにそうだと、山田は納得する。

「さて、今から行ってもいいし、日を改めても良いけど」

「生首いなくなるなら、今から行きたいです」

 弓美が身を乗り出すように言った。

「じゃあ、水と線香、買おうか」

 白がにっこりと笑った。


 供養塔は私有地に石碑として残っていた。家主と白は知り合いらしく、少し世間話をした後、すぐに庭に入ることが出来、線香と水を供えた。

 予備の眼帯に着け替えた弓美が、うずくまって殊勝に手を合わせている。

 三人でひとしきり拝んだ後、水と線香の灰を掃除して、庭を後にした。

 弓美は始終黙っていたが、大学の校門の前で、何か思いついたように山田を見る。

「電話番号」

 山田は最初、何のことか分からずにきょとんとしていたが、弓美にもう一度言われて、ハッと気付いた。

「千花の家の電話番号」

「あ!」

「電話してもいいけど、その後は知らないから」

 ぶっきらぼうに言われたが、山田は電話番号をスマホにメモをすると、弓美に礼を言った。

「本当にこれで生首はいなくなるの?」

 弓美に聞かれた白が首を傾げる。

「それは保証できないけど、手順を間違ってなかったら、消えるんじゃないかなぁ」

「ちゃんと保証してくれないと困ります」

「また出たら来たら良いよ。他の方法を探そう」

 白があっけらかんと笑った。

 弓美が呆れた様子で白を見ていたが、山田を振り返り、嫌そうに口にする。

「ありがと」

 弓美は、駅に向かって小走りで去って行った。

 その後ろ姿を見送りながら、白が言う。

「いやぁ、怒ったり泣いたり、面白い子だったねぇ」

 山田は白を見上げる。

「はぁ?」

「感情豊かだよね」

「はぁ」

 気のない返事をすると、白の目に他人がどんなふうに映っているのか、疑問に思った。

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