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短編小説「あの人にあいたいの~入れ替わり~」1/3

目の前に、どうしようもなく避けがたい運命が秒単位のコマ落としみたいにゆっくりと迫ってきて、私は息をのむ暇もなくただ瞳孔が開くままに絶望していた。
音がして、その音と同時に横滑りに迫ってくる車が私たちの車のフロントガラスをやぶって、ああ、私は終わるんだと思った。

気が付くと苦も無くすべては終わっていた。

私たちはまごまごと人の群のなかで何かを待っていた。すると私の名が呼ばれたので、その声の方へ近づいて行った。
「まあ掛けてください」
男性係員が私を促す。確かにそこにはベンチがあって、ここで話すのかと私は思った。
「最後にあいたい人はいますか?」
と訊ねられて、やはり、と思って「私もう死んでるってことですね」と思い切って言葉にしてみた。
「そういうことですが、ただ最後にあいたい方に一人だけ会うことができるんです」
係員は淡々と言う。私にはなぜかそれに対する不満も恐れも、まして怒りなんかもない。あの事故は買い物帰りだったから、何かやりかけている感が少し残っていたけれど、もうそれが何だったか思い出そうという気力もなくなっている。
「最後にあいたい人です」
係員がもう一度言った。
「それは親族ということでしょうか」
「限定されていませんので、どなたでも」
ああそうなんだ、と思って、不思議に自由な気持ちになった。

私って今まで何をしてきたかしら、という通常あの世へ旅立つものからしたら当然考えるようなことが頭をよぎった。
大したことはしていない、とも思えたけれど、ある意味この器量でもって出来うるかぎりの誠実さで、怠けもしたけれど、頑張ってきたのではないかしらと思えた。
そう思ったら、急に自分がいとおしくて涙が出た。
ああ、まだ胸が熱くなる感覚は残っている。

さっきまで一緒だったあの人はどうしたかしら、と思って辺りを見た。
「後でもう一度会えますから」
と係員が言うところをみると、どうやら私の思考は見えているらしい。
「ご主人は生還されますので」
やはりそうなんだ、と係員の言葉を受け入れる。

つづく
⁑「あの人にあいたいの~入れ替わり~」2、3とつづきます。 
そして『異界のの標本』へまとめてゆきます。⁑

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