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小説詩集2「わたしのインタビュー」


年をとると結局その人の本質だけが残るのじゃないかしら、と思う。
例えば得意なこととか、やさしさとか、疑り深さとか、笑顔のかわいらしさとか。
というのも、おばあちゃんが手首を骨折して、私が家の代表で毎日仕事帰りにお世話しに行くようになって、そうしておばあちゃんの長い話を聞くようになって、それでいろんなことが感じられたからだ。

おばあちゃんは踊りのお師匠さんで、今でもお弟子さんを何人か抱えている。けれどその長いキャリアが他人の重みを感じ取るのを、あるいは想像するのを妨げているように思えた。
だから、おばあちゃんは私に「今日はどうだったの」なんて聞くことはない。いきなり踊りの話から始める。

最初私はおばあちゃんの洗い物や床拭きなんかをしていた。でも、おばあちゃんはそんなこと望んでいなかった。かえって侵害されることに敏感だった。そのこまごまとした入り込んだ仕事はある一人のお弟子さんの仕事だった。

そのお弟子さんは踊りではもとより大成しようとも思っていないのだ、とおばあちゃんは言う。何かのけがで足を悪くして、そのリハビリとして踊りを始めたのだった。
「着物を着飾ることだけが目的で、あの人には向上心がないのよ」と、おばあちゃんは来る日も来る日も私に話した。
そしておばあちゃんの長いキャリアがどのようにして築かれてきたのかも繰り返し語られた。そこには、もはや孫である私なんていない風なのだった。

足の悪いお弟子さんは、両親を見送り、姉妹を育て上げ、今はおばあちゃんの掃除と彼女の親類の世話をしているのだった。
これはおばあちゃんの切れ切れの情報から分かったこと。
でも、おばあちゃんは、踊り手であること以外の価値は認めないのだった。

それで、ある土曜日の午後、私は冷たいコーヒーをミルクで薄めて、マドラーでカラカラいわせながらママにインタビューした。
・・・最近調子はどうですか?
そこからだ。
・・・悪くはないけど、告白するけどママかなり劣化してきてる
・・・どんなところが?どんなふうに?
ゆったりだけど、重ねて聞いてみた。
・・・じつはさ、ママ、デザイナーってのになりたかったのよ、子供の頃。それでそのころはよくデザイン画なんか描いていたのよ。それがさ…
ママは益々身をのり出してきたけれど、まだ最初の質問にまでも行きついていない。これは長期戦になるなと思って目だけはママをみてミルクコーヒーをのんだ。

・・・もちろんデザイナーになんかなれるわけないけど、いつも有名デザイナーの作品をみてた。そのバランス、足すか、引くか、時代にどう穴をあけるか、それとも何もしなくても開けられる人なのかって。自分の頭の中で随分デザインしてきたつもり。それはこの頭のなかでだけ。デザインってインスピレーションを得られたらそれまでバラバラだった要素が一瞬で構築されてゆくの。
ママの熱弁と、その知られざる内部に驚かされる。
・・・それがさ、最近は完成させる前に記憶の回線が切れちゃう。思いついたことが逃げていっちゃうのね。素早く構築しないと完成させられない。脳のね、回線が消滅してきてる。老化だよこれは。
ママはひとしきり話した後落胆の色を見せて崩れた。

もしかしたら、ママの中でなれるわけないって言っていたデザイナーの仕事は続けられていて、生活の仕事をしながら長い間デザイナーであり続けてきたのかもしれない。
シナプスの最後の一本が切れてもデザインの足す、引くを考え続けているのかもしれない。

おばあちゃん家の隣は元英語教師のおじいさんの家で、庭先で私を見かけるといつも英語で話しかけてくれていた。
今日も、庭を覗いたけれどこの頃とんと見かけない。ワッツアップをツアップとネイティブ風に声をかけたいのに。
「あの人ねボケて施設にいったわよ」と手短に説明しておばあちゃんの舞踏の話が始まる。
昔お弟子さんだった人で今はその恩義も忘れて顰蹙を買っている不届き者の顛末とか。

しばらくして、隣の家が更地になった。
「あの人亡くなって売りにだされるのよ」とおばあちゃん。
私はおじいさんのいない家がなにか不吉でいやだったので、更地になった土地を見てホッとした。美しいとさえ思った。
大好きだったノートが終わって、新しいのを買ったときの身軽になるようなかんじ。

英語のおじいさん先生からインタビューされる。
・・・すっきりしたかい?
・・・あ、ごめんなさい。あなたのことはリスペクトしていたけど、でも正直すっきりしたの
・・・いいんだよ、自分の分はつかったさ
私がうなずくと、日差しの眩しい夏の雲のその向こうから声が聞こえた。
・・・ぜんぶ貸しものだからね。返してもらったよ
また、夏の雷鳴がとどろいた。

♤詩のような小説、小説のような詩。小説詩と名付けて「小説詩集」としてまとめていきます。それが青島ろばの純文気分です。しかもなにげにSeason2

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