小説詩集「ヨーイ、ドンと測定値」
私ねヨーイドンで走り始めたの、あの日。
地べたに座り込んだまま、傍にいる係員さんに話しかけた。
スターターの、
「よーい、どん」
がひどく緊迫してたから、私は思わず前のめりになってしまってた。
2、3メートルのところで躓いて、顎でスライディングしたのは見てたでしょ。
「うん、見てた」
彼は単なる係員さんなのに残念そうに頷いてくれた。
「見上げた先にあの子の、ゴールするのが見えたけど、」
そこには引き算が生まれてたわけで、あの子はその距離の差を測るみたいに眺めてた。
ころんじゃったよ、わたし、って手をふってたら、係員さんたちがやって来て私は抱えられながらトラックを降りた。
しばらく軌跡を見てたけれど、彼女は振り切るみたいに立ち去って、表彰台へと上ってった。
「それで私にはね、悔いがの残ったの」
「残るよね」
彼は係員さんの仕事もわすれたみたいに私をみる。
「なんなら、彼女にだって心残りはあったのだと思う、」
だって、気づいたら私たちは再びスタート地点に戻ってて、「ヨーイドン」ってピストルが鳴るのを聞いたんだもの。
「今度こそ遠くまで走るんだ、」
的覚悟で私は走り始めたの。けれど、その覚悟がかえって体を硬くして、足がもつれたわけで、転びかけた私は思わずあの子の腕にしがみついてしまったの。今度こそ走り切りたかったものだから。
彼女は、私の指の一本一本を外した。外しながら振り払うみたいに走り続けた。膝から崩れ落ちた私はその場に倒れこんでしまったけれど、しかたなかったの。
「ごめん、迷惑かけて、」
って恥ずかしさで手を振ったけど、私はたちまち係員さんたちに取り囲まれて、またトラックから降りたの。
「がっかりしたろ?」
覗き込むみたいに係員さんが声をかけてくれる。
「がっかり、よりね、」
恥ずかしさのクールダウンができなくって、気持ちのガサガサが続いたの。彼女は怒ってるみたいにもう振り返らなかったし、表彰台では笑顔も見せなかった。
「なのに、」
「なのに?」
「なのに、」
さっきまた私たちはスタートラインに立ってたの。初めて走るみたいに位置についてたの。
「もう真剣勝負だね」
「真剣そのものよ、」
ヨーイドンが私の外でかすかに聞こえた気がして私はまた走り始めた。どこまでも駆けるつもりで走り始めた。スローモーションみたいに両手を振りながら、私は風がキラキラと音を立ててるのに気づいたの。白い雲が私の走りに追いついて、ゆっくり流れているのを感じたの。空から届くあふれる光を、私は心に降り注ぐままにしたの。
「なので、」
「なので?」
なので私は今ここで私の時間に留まってるの。あなたと一緒に留まってるの。
係員さんはハタと仕事を思い出したみたいにゴソゴソとメジャー道具を取り出した。
「あの子と私の距離を測るのね」
彼は首を振る。
「これはね、重さをはかる道具だよ」
重石みたいなのがついた紐を、彼は慎重に地球の中心めがけて垂らすから、私も一緒に覗き込んだ。
「でも、これってさ、長さ測ってるようにしか見えないな」
「正真正銘、重さ測定器だよ」
彼は咳払いをしてタブレットに測定値を打ち込むと、私に見せてくれたけれど、疑い深げに眉を寄せたから、ふたりで吹き出すみたいに笑った。
おわり
❄️彼女のゴール引く私の地点の数値は何かしら?彼が測った重さの測定値と関係あるのかしらん?的ニーチェも悩ます数学的問題?なお話です。
どしどし投稿できないのは暑さのせいでしょうか、今日もチャットGpt先生に怠惰の解決策を問いかけます。案外答えが優しいのは気のせいでしょうか的初夏の陽炎です。また書きます。ろば
気まぐれに、いやものすごく真剣にKindle出版したよ〜