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小説詩集2「子どもの編み物」

淡色の糸を棒針ですくい、すくい、そしてまたすくって一枚の布地に仕上がってゆく。編み始めたらもう止まらない。

朝から寒くって、私はストーブのまえで編み物をしながらただぬくぬくとしていた。
兄さんが少年団の活動から帰ってきて軍服みたいなコートのベルトをはずした。
「今日はさむいね」
と言ってねぎらう。こんなに寒いのに吹奏楽を奏でながら町を一周してきたのだから。
「昨日よりはましだろ」
兄さんが即座に言い放ったので、私は面食らった。
今日の天気を昨日のそれと比較するなんて考えもしなかった。見たこともない糸がするりと針にすくわれて編みこまれてゆく。編地をならしたら、新しい糸はなじんだ。

兄さんが去り、おばあちゃんがやってくる。
「寒いけど、昨日よりましね」
私は正解を言う。
「あらそうかい。わたしゃ昨日のことなんか考えもしなかったよ。ただただ、今日は寒いと思っていたんだよ。お前は今日は寒いと思わないのかい?」
なんだそれでよかったのか、と私の編地は密かにほどかれた。

不意にドアが開いて風が吹き込んだ。遠縁のおばさんが寒い道々やってきて私のストーブにはりついた。
「ああ、生きかえる」
おばさんは人心地ついてコートを脱ぐ。
「今日はやっぱり寒いものね」
私は糸を繰りながらおばさんもねぎらう。
「寒いって言ったって、あんたは幸せなんだよ。こうやって暖かい家の中にいられるんだからね。まったく、この頃の子は贅沢なこと言ってるよ」
私の編んでいたものはただ小さな女の子がする簡単な編み物だったのに、ラーメンみたいなくしゃくしゃな糸が絡むように編み込まれてきた。不意を突かれたものだから、私は引き抜く理由を見つけることができない。
「おばあちゃんは奥の部屋かい?」
遠方から来たおばさんは祖母のもとへと去った。

入れ替わりにいよいよ信頼に足る母さんが登場する。
「母さん、こんな日でも私達しあわせね。ストーブもあるし母さんがいるもの」
母さんは私を見る。
「何が幸せなものかい。しあわせなんて言葉は一等賞になった時のために取っとくものだよ。さあさあ、こんなひどく寒い日は誰だって勉強なんかしやしない。みんなそうやってストーブにあたってるだけなんだよ。だから今日は勉強をおし。そうしたら今日は人の倍はやったことになるんだよ」
母さんが立ち去るとみるみる私の編地はほどけていった。

夜になると私はまた編み始めた。たった一人のわたしの部屋で。
いったいこの編み物は完成するのかしら、と思って手をとめた。
それでぼんやりと編み目の穴から向こうをのぞいてみると、泣きながら編地をほどいてゆく私がみえた。何もかも、どんどんほどいて、どこまでほどいていいのか分からず泣いている私がみえた。

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