小説詩集「着ぐるみ時代」
あ、またあったね、とかその人は嬉しそうに言ったのだけれど、全然知らん人だった。
「こんなふうな、」
とか言って、着ぐるみの頭をとってくれたけど、やっぱり知らん人だった。
「こんなふうな着ぐるみきてるけど、前は別物だったから、」
むりないね、みたいに彼は頷いた。
「いや私、初めてなんですけど、このバイト」
て言って、こんな暑い仕事とは思わなかったな、みたいに髪を息で飛ばした。
「きついよね、この仕事」
「ですよね」
とか言ったけど、今の私にできるのはこの仕事ぐらいだった。もう学校にも行きたくなかったし、家にも居たくなかった。誰にも会いたくなかったし、誰にもみられたくなかった。
「前にあった時さ、僕カエルだったから」
とか彼がまだ言うので、ですから、会ってませんよ、的に首を振った。
「着ぐるみ着るのはこれが初めてな訳ですから、」
って説明なんかいらないのについ口にした。
それは、私の1日1日が絶望と隣り合わせた恥ずかしさで充ちていたから。
「ひとつひとつ、」
とかつい口走る。
「一つ一つ?」
「ひとつひとつ積み上げて、」
ここまで来たつもりだったのに。そこまで言うと、脱力感で言葉が続かなかった。
全てが水泡にきす、的顛末がもどかしくって、私はこのバイトを探したのだった。
「月明かりのさ、」
「つきあかり?」
「月明かりのしたの橋のらんかんに、」
「はあ、」
「その欄干に、もたれてさ君が歌を歌うのを、僕みてたんだよ、」
あの時、君は酔っ払ってたな。
「はあ?」
「それでさ、足元の僕にきづいたわけで、」
そうして、しゃがみ込んでさ、一緒に輪唱したんだよ。
「カエルの歌、ですか?」
呆れた体で返した。
「覚えてない?」
おぼえてないよね、だけどカエルをやり切れたのは君のおかげだったんだよ。
「で、今君に会えたから、」
うれしくて、みたいに元カエルが笑った。
「僕はもう、カエルに戻りたくないんだけれど、」
君は、その積み重ねが台無しになってしまう以前に戻りたい?とか聞きながら元カエルが覗き込んできた。
いやそうじゃない、ふつう、とか思ったけれど、かすかにそうでもないような気持ちがふわりと忍び込んだ。
「わからんよ、私」
とか言って着ぐるみをぬいで、さあ、どこへ行こうかな、とか考えた。
「まずはさ、一緒になんか食べに行こうよ」
とか言うので、そうですね、とか歩き出したけれど、彼は着ぐるみのままだった。
おわり
❄️記憶力のよい元カエルさんが、月明かりの下で私と歌ったことを覚えていてくれてた。んだけど、結局今はだれなの、あなた、みたいな怪しい出会いが、十五夜なんだ、みたいな妄想です。月は微笑む、月は満ちる、犬はほえるけれど、ろばは書く。みたいに、また書きます。ろば
Kindleのunlimitedでよめるんだよ〜ん💕