
小説詩集「出口なんかないの、このミュージアム」
息を切らしながら間にあった、て思ったら一コマ休講になっていたのを思い出した。ため息混じりに見上げた空がとても高くって、なんだか空虚だった。だから気まぐれに裏手から通りに出て歩きだしていた。休講もわるくないか、でもあの先生これで2回目だぞ、とか思っていたら道が急勾配になった。ほどほどに戻らないと次の授業に遅れるな、とか思いながらも私は穴の中に落ちてゆくおむすびみたいにコロコロとくだっていくのだった。
「チラシをどうぞ」
って配ってる人がいて、あ、どうも、て受け取った。
「よかったら、音楽ミュージアムを見ていきませんか」
おばさんが声をかけてくれた。行ってみるとただの一軒家だったけれど、ここが?とも言えず私はやっぱりおむすびが転がるみたいに入り口に吸い込まれた。
玄関に入ると順路の矢印が廊下にむかってる。
「5歳の時にチェロに出会う。ハープとチェロが追いかけっこする曲を聞く」
小さなショーケースの中に、そんな一文がおさめられていた。ハープとチェロのミュージアムかな?と思って次に進んだ。
「初めての先生に会う。サンサーンスの白鳥をひいてくれて、こんなふうに君も弾いてみたいかい?って先生が聞いた」
そんな一文がおさめてある。
「次の先生に出会う。バッハの無伴奏を弾きながら、これは祈りの曲なんだよ、と教えてくれた」
こちらのショーケースには楽譜もおごそかにおさめてあった。
「また次の先生が現れて、この曲を弾けたら君に教えてあげよう、と言ってくれた」
今度はフォーレのエレジーの楽譜が展示されていた。
廊下から部屋、部屋から縁側、縁側から渡り廊下へとショーケースはつづいていった。案外広いなここ。ラロ、ハイドン、モーツアルト、ブラームスって私はいちいち声に出して進んだ。ヒナステラって誰?とか。さらに奥に進むと、人の気配がして、ドアは開いてたけれどノックしてみた。
「昨日先生が、下手くそは出ていけ、って僕に怒鳴ったのさ」
今度はガラスケースじゃなくって、チェロを手にして座ってる人が言った。
あ、こんにちは、あれはあなたの歴史だったんだ。
そうだよ、て彼が答えた。
出ていけって言われて、がっかりした?
そうじゃない、びっくりしたのさ。言葉がね、乱暴で。これまで母さんも応援してくれていたものだから、なおさら悲しさがましたのさ。
あ、チラシ配ってた人?
うん。
先生の前で何を弾いてたの?
ドボルジャークだよ。
ああ。
知ってるの?
知らない、でもサメみたい。
もう二度と弾けないような気がしてるんだ。
そう。私もね、絵がすきだったんだよ。でも、描かせてもらえなかった。勉強の方が大事だって。それでね、ママが私の代わりに絵を描いてコンクールに出品していたんだよ。今は経済学部だよ。でもずっと心のなかで描いてた。案外自由なのよ私。弾いてみたら。
弾いてみるか。
ドボルジャーク。
今日はいやだな。ボッケリーニで行こう。
あ、それも魚みたい。
ホッケリーにじゃないよ。君こそどんな絵を描くのさ?
天才ベラスケスみたいに描くんだよ。
魚みたいな名前を言っただけだろ、とか言いながら、私たちは長い長い回廊を歩き始めたばかりなのだった。
おわり
❄️休講って、なにげに嬉しいですよね、ポッカリとした空気感があって、的な気持ちで書きました。秋がまだわかいから、学校がはじまっても冒険心が湧いてくる、的な気持ちです。電車を待っている時、反対側に車両が入ってきて、あれに乗ってみたいなって思う気持ちに似てますね。
いろんなことを次から次へとしたいけど、なかなか進まないこの頃を過ごしてます。でも、一歩いっぽが大事だから、道端の石みたいに転がるあんまりな言葉にはつまずいていられないですね。(よくサボるろば ろば_sa_bo)