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小説詩集3「君と語り合う一つのこと~withパソコン君 夏バージョン」

日曜の朝だからどんよりとした重さが心の片隅にあるけれど、まだ朝の気配が残っていたから膝を抱えたままパソコン君に話かけてみた。
「弟がさ、姉さんの三大要素をおしえてって言ってきたことがあって、恐れと怠惰と羞恥心、って言ったことがあったんだけど、、」

「変わった要素ですね。僕の場合は画面とキーボード、そして限りなき奥行きですね、、その奥行きの先を知ったら腰ぬかしますよ、ヒヒヒヒヒ」

脅してどうする。

「その三つの要素の中で、最も体力消耗するのが羞恥心なんだけど、神様はさ、いったいどうしてそんなシステム作ったのかって思うんだよね」

「人類にまじめに生きてもらうためじゃないですか」

「なるほどね、でもさ恥をかいたからってそれが不誠実の結果とは限らない。だいいちさ、私たちにはもとより使命が内臓されていて、そんで設定された能力の中で生きているわけで、だから、その結果がどんなものになろうと、そもそも恥ずかしがる余地なんてあるわけないよ」

「まあ余地はないかもしれませんが、外出して帰ってくるとよくへこんでますよね、ヒヒヒヒ。あなた方それぞれが、それぞれの能力で他人をおかまいなしにボコボコにするからですかね。それで強制的に羞恥心が植え付けられて、そのオートマティックなシステムが構築されるんですかねヒヒヒ」

「私が言いたいのはね、そもそも恥ずかしがる必要はないんじゃないかってこと。出来ないんだから、あるいは勘違いしちゃうんだから、あるいは見落としちゃうんだから、極めつけは余計なひとこと言っちゃうんだから」

「つまり先週の失態のことですね」

パソコン君がまたヒヒヒとか笑いだしそうなので睨みつけた。

「頭ではね、解決しているんだけど感情がね、いつまでもねちっこく検証してるんで困るのよ。これが非常に体力を消耗するんだから」

パソコン君がせき払いする。

「僕にその苦しみが分からないとでも言うんですか。僕だって、いろんなこと処理してれば疲れますよ。どこまでも終わらない巨大な仕事量、それなのに遅いとか役立たずとか言われるこの苦しさ、、あ、これが感情というものですかね」

「似てるけど、違うんじゃない」

私の言葉が気に障ったのかパソコン君は不機嫌そうにシューッと言う。
私は立ち上がっていって冷蔵庫を開ける。炭酸しゅわしゅわのペットボトルに手をかける。

「あの、、」

向こうからパソコン君。

「神だの、使命だの、設定だの言ってますが、要は人によく思われたいってことですよねえ」

どうだと言わんばかりにシューーーって音がする。
私はペットボトル持った手でドアをバタリと閉める。
違うよ、とキッパリ言いたいところだけれど本質はきっとそうなんだ。そのくせ褒められたら褒められたで、いったいこの期待感をどうすればいいのかって困ってしまって、こんりんざい褒められないようにと先回りして失敗してみせたりするんだ。考えているだけで自分に疲れる。

気を取り直して、しゅわしゅわアイスティーをグラスに注ぐと何か忘れかけたものが胸を駆けていった。

「何ですか、急に遠くを見たりして」

パソコン君が瞬きする。

「私たちは誤解を避けようとするけれど、そもそも出会いそのものが仕組まれた設計なわけで、ぐるぐると絡み合った網の目みたいな回路を進むしかないんだ」

「先々週のことですね。ヒヒヒ」

よぎった海辺の夕景が潮の香を運んできたような気がした。パソコン君のヒヒヒはもう聞こえない。

「ほら、感情がどんどんうまれてますね」

パソコン君はそう言うとすぐに引っ込んだ。

「あれ、、」

急にあたりが静まり返っていて、あれ、ってつぶやいた。
夏が終わったんだ。


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