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小説詩集2「石の裏には選択肢」

歩いていたらつまづいてよろけて転びそうになったけれど、すんでのところでとどまった。それはとるに足らない石ころで、いや「ダイヤだ」と言う人もいたけれど。
石ころを手に取ってみたら裏側になにか謎の古代文字が刻んであって目を瞬いた。
それで頭をかいたり目を細めたりしているうちに数時間前のことを思い出した。

勤めていた店の店長が、私のそばに機械を置いて「今日からコイツが間違いのない仕事をしてくれる」なんて言ったので驚いた。
「だから君は、これからは人間にしか出来ないことをしてくれたまえ」と付け加えて私にお引き取りを願った。
それで店を出ようとしたら、店長も店長型ロボットに挨拶して一緒に店を出た。確かにロボットの方が店長より正しいことの方が多かった。
その後で私はつまづいたのだ。

近くを歩いていた人も店長もつまづかなかった。
「あのー」と前をゆく背中に声をかけたけれどみんな先へ先へと歩いていった。しかたなく彼らを見送った。
それで石の裏の古代文字を、親指の爪に張り付けた電脳シートで調べたら「選択肢」という意味だと解明した。人差し指で電脳シートをオフにした。

私は小石の周りをぐるぐる回りながら「人間にしか出来ない事って何かしら?」と口にしながら眉を寄せてみた。あごに親指と人差し指でピストル形を作って当てたりもした。
たいていのことは爪先一つで事足りる。でも眉をひそめたり、あごに手を当てたりするのはやっぱり私にしか出来ないことよね。悩むこの感じがちょっといいじゃない。

そういえば、この電脳時代にいまさら火をおこすのが好きだという友達もいたっけ。火なんて見たこともないけど。
なんでも空の見えるところを探してレンズなんかで煙を出すらしい。
それにも飽き足らず何かをこすり合わせる方法も開発したとか。そうして世界中から細い枝を集めて燃やしているらしい。「なぜかすきなんだよね、熱いけど」なんて言ったりしてた。

じつはね、私も密かにやってることがあるんだ。糸あそび。バカみたいだけど買ってきた服を細かくほどいて糸状にするんだ。それを玉状にまとめていると何かが始まるような気がする。とてつもなく官能的でフワフワとした何かが。
それは数学で数字をどんどん絡めていくようなめくるめく何か。いつかその糸を長い布にして、ひし形の模様なんかを規則正しく浮き出してみたいと思っている。

だから、今日、私とその勤め先の店長は世界で最後の人間の店を出てきたけれど、何も機械でできることを私がしてもいいわけで、どちらが賢いとか間違いがないとか、そんなことは私にとって関係ないことで、私が店の品物を並べ、お客様におすすめして、気に入ったかどうか、あるいは相手の懐具合なんかを天性の研ぎ澄まされた感性で探りながら、これまた天性の柔らかな物腰で押したり引いたりして欲しいものを見つけて頂いたっていいのだ。この喜び。誰がいやだなんていったんだ。一度もない。
そう思ったら、石の裏に刻まれた「選択肢」の文字の意味が分かってきた。
だから私は迷いなく独立を決心した。

そりゃあ楽ではなかった。だって、いまどき人間が売る店なんてないんだから。でも私は車を改造して、そうして自分の選んだ私好みの確かな品をならべ、クロワッサンでも売るようにナチュラルな風を吹かせながら通りに出てビジネスを始めたのだ。
嫌なことはあるかって?あら、どうかしら。だってこれが私の得意分野なんだから。就寝前は明日が楽しみなのよ。とにかく、それだけは確か。

移動中ハンドルを握りながらふと思うの。
森にいるゴリラやチンパンジー、川のワニや葉裏に卵を産み付ける昆虫も、もしかしたら昔、石につまづいて選択したのじゃないかしらって。それが自分を生かすとても合理的な生き方なんだっていうふうに。

私の従妹がね、詩を書いて生きているのだけれどこんなことを言っていた。「詩はねあたらしいものを作り出すんじゃない、自分の中にあるものを書くんだ」って。そうすればすべてが完結していてそれ以上のこともそれ以下のこともないんだって。そのあと「セラビィ」って気取ってた。

そう考えてみると兄さんから聞いたわけの分からない兄弟の話も納得できるかもしれない。兄の丹精込めた作物には目もくれず、弟のヤギの貢ぎ物によろこんだこの世の絶対者の話。
「私が与えし物で生きよ。作り出すことなかれ」ということかしら。褒められなかった兄は遠くへ旅立ったけれど、どこまで行ったのかしら。

ときおり友人から「私より下ね」っていうふうな言葉を投げかけられるけれど、それはどうかしら。だってたゾウだって、カバだって、ミジンコだって選択しただけなのよ。だから上も下もないんだゾウってわかっていると思う。
自分に向かっていくものにとってその雑音は聞こえない。遥か遠くの呼び声だけが大きく聞こえているのだから。

♤詩のような小説、小説のような詩。小説詩と名付けて「小説詩集」としてまとめていきます。しかも何気にSeason2


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