80年後のその場所に
「どこかゆっくり一泊行きたい」
「おぉ、いいね。どこにしようか」
「東北方面は」
「蔵王とかにする?」
友人とこんな感じで山形に行くことになった。
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初めて行く山形。そこは曽祖父(私の母の父の父)が産まれ育った場所だ。曽祖父は○○○というお寺の子だった。
今回の旅で、蔵王から近ければそこに行ってみたいなと思った。
手掛かりは、お寺の名前と山辺という地名。ネットで検索するとお寺はすぐに見つかったが、地名が合致しない。
一先ず寺名でヒットした場所を印刷し、そっとカバンにしまった。
蔵王観光と温泉を友人と楽しんだ帰り、やっぱりどうしてもお寺が気になってしまった私は友人に話し、帰りの新幹線の時間まで自由行動にしてもらった。
地図を出し電車を少し乗り継いでそのお寺に向かう。着いた場所を見て、唖然とした。
立派な民家だ。。。。。。寺ではない。
そもそも戦前の話だ。寺名も祖母から聞いた話。聞き違いもある。しかも聞いた地名とは合致してない場所なのだ。
ふとみると、そのお宅の敷地から道路に面して祠がたって○○○と書いてある。これ?なのか。
でも。
ここまで来たから聞いてみよう。
まて、これは完全にヤバイ人ではないか。いかに怪しまれないもの言いを考えながら、私はとても立派なお宅のピンポンをならした。
私「すみません。○○○というお寺を探していまして~(;^o^)」
中から奥さんらしき優しそうな方が出てきて下さった。
奥「ここなんですけどね、今は京都の醍醐寺に返してあるのです」
私「あ、そうなんですね。実は私の曽祖父がここのお寺の出身と聞きまして~旅行にきたついでにお寺に寄りたいなと思いまして(´ε`;)ゞ」
奥「え、あら~、あ、ちょっと待って。」
と言って奥から立派な巻物を持ってきて私の前で広げて下さった。
家系図だった。
(*゜Q゜*)
あ、あ、あ、あった。家系図の上の方に曽祖父の名が。ここだ。確かに曽祖父の実家だ。
曽祖父は5人兄弟の一番下、四男だった。
家系図には、曽祖父の兄である長男、その子の次男、その子の長男、その子の長男が後をとり、最後には今風の子どもらしき名前が書かれていた。
曽祖父が単身東京に出て、家族と歴史を作ったように、曽祖父の実家にもたくさんの人と歴史が流れていた。
はあ~
いきなり訪ねた私にここまで、丁寧に接して下さった奥さんにお礼を伝え私は友達のもとに戻った。
母や祖母からの話をよくよく聞くと、
曽祖父の母は離縁をし、曽祖父とその姉を連れてお寺を出たらしい。
曽祖父は若くして山形から東京へお菓子職人の元にでっちに出た。その後郵便の仕事をして印刷会社を立ち上げた。結婚して五男をもうけた。
その長男が祖父だ。
祖父は父に連れられて山形に遊びに行ったことがあるらしい。
曽祖父が幼い祖父を連れて、古郷の山形の地を踏んだ時、そこにはどんな風景が写り、何に想いを馳せたのだろう。
ひいじいちゃん、おじいちゃん、それから80年以上経ってしまったけど私もその地に行ってきたよ。
帰ってきて、認知症の祖父のベットの横で、言葉を使わず今回の旅の話をする。
骨折で寝たきりになったものの、認知症以外は病気もなく元気だった祖父が急に旅立ったのは、その2週間後であった。
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あの時友人とたまたま旅行に行くことになり、たまたまうまく曾祖父のお寺を訪ねることができ、その2週間後に祖父が旅立ってしまったこと。
なんだかちょっとだけ曽祖父や祖父に山形まで手をひかれたような気がするのです。
そして、母の父の家系をたぐるだけでもこれだけのストーリーがある。
同様に母の母、父の父母にも様々なストーリーがある。その全部を知ることは出来ないけれど、たくさんの人のはかり知れない想いがそこに流れていることだけは忘れないでいたいと思うのです。
ファミリーヒストリーで、調べてもらえる芸能人はいいなあ♡
時計の針が止まる時
(最後ちょっとだけ加筆しました)